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「ウィッカーマン」

ウィッカーマン - goo 映画


ulikka-mann

10月25日スターチャンネルにて。


なんとも言えない不思議な映画だった。見終わった後、気持ちを何処に持って言っていいかわからずに、かえって心に残る映画になってしまった。
主演はニコラス・ケイジで好きな俳優だ。それなりの期待を持って、お気軽なホラー映画だと思って見始めたのだが、お気軽には終わらなかった。

だけど、この映画から私は何を受け取ればいいのだろう。


せいぜい、自分の常識は他者の常識ではないと言うことだろうか。命に関わる他者の常識と言うものがあるので、注意せよと言うことなのだろうか。


この映画は、1973年イギリス映画のリメイク版で、カルト映画の名作と言われているらしい。が、こちらのリメイク版はオリジナルには及ばず、その年のラジー賞の五部門ににノミネートされたが、一つも取っていない。
だからと言うわけではないが、今年の私のラジーにノミネートしておこう。今のところの最有力候補。


ラストは衝撃の大どんでん返しだが、かなり不愉快。それこそが、この映画の狙いなのだ。
だけど、最初から大きなヒントがあって、映画を見慣れている者には、どんでん返しにはならない。ヒントはタイトルと蜂。無駄な雑学好きな人も、たぶん予想が付いてしまう。

だからこそ、どんでん返しの更なる返しが必要だったような気がしてしまう。
1973年には通用した驚きは、21世紀には受け入れられない。(決め付けた言い方ですみません)

しかも場所が違う。イギリスはあんなに狭いのに(失礼!)、単一国家ではなかった。それゆえに入り組んだ歴史と宗教史が存在し、それらに裏打ちされた異教というものに説得力がありそうだ。(見ていないので予想)だけど、この映画には、彼らの存在に説得力がない。

もう少し背景が丁寧で、重みがあったならばというところ。



心に残る映画、見終わった後にその映画のことをいろいろ考えることが出来る映画が、好きです。そういう視点で言ったら、「好きな映画」と言えるのかな・・・・?


ウィッカーマンWikipedia

<追記です> 11月1日

先日ボーさんからコメントを戴きましたが
>最初から大きなヒントがあって
って、それってなんだっけとふと思ってしまった私。

ネタバレなしでこんな程度でいいやと感想などを書いていると、半年後にはきっと全部忘れてしまうに違いないと思いました。それで自分の為に、もう少しだけ丁寧に書いておくことにしました。

 この映画は、タイトルで結構筋が読めてしまうなと思いました。

もちろん「ウィッカーマン」は「アイアンマン」なみに馴染みのないものでした。ただマシュマロマンと聞けば、まさか水兵帽を被って登場とは思わなくても、それなりの姿を想像できるわけです。ウィッカーは小枝または柳の枝で作られたものを指し、その人型で、映画ジャンルがサスペンス&ホラーなら、ろくなものではなさそうです。作中にも「燃える」と言う言葉が出てきますし。

でも、よく考えてみればこの映画は何もウィッカーマンの事を隠していたわけではないのですよね。

DVDのパッケージにもウィッカーマンは描かれていますし、公開時のポスターにも燃えるイメージはでていますよね。
しかも、蜂の社会のイメージを前面にこれでもかと言うぐらい出しているので、蜂社会の事を連想するならば、生贄は娘ローワンでなく、メイラスなのだと予想が付くのです。それを裏付けるようなウィローのいらつくばかりの口の閉ざし方。

学校でも、男は男根だけみたいな徹底的な教育ぶり。チャーミングで男らしい男が現れたからといって、裏切るような女が出ないところなどは、良かったです。

この映画の最後のどんでん返しと言うのは、生贄がローワンではなくメイラスだったというところではなく、ラストに何も起きず、女達の当初の思惑通りに事が終わってしまったことかも知れません。かなりの後味の悪さですが、それは私好みではないと言うだけで、意外とこういう作品が好きな方も多いのかもしれません。

実は私も、珍しくWikipediaのリンクを張ったのは、そこに書いてあったオリジナル版の解説が面白かったからなんです。
リメイクと言うのは大変です。見てもいないのに比較されてしまうのですから。
でも、民間信仰が生まれてきた土壌と背景からして、オリジナル版には強い説得力があり、リメイク版にはそれがないように感じました。(先に書いたことの繰り返しかな)

セリフで「魔女狩り」の言葉が一回だけ出てきたように感じましたが、そういう特殊な社会が出来上がった背景が欲しかったと思うのです。
また、オリジナル版では生贄になるハードルも高いのですが、こちらでは力強くご利益ありそうだけど、命を奪っても罪の意識なんかが生まれない者を選んだようで、説明不足のような気がしました。(ウィローはちょっと感じていたようですが)

「雄蜂は燃えろ~。」は結構陳腐でしたよね。
映像的には新しいものが綺麗だとは思いますが、オリジナルも、見る機会があったら見てみたいものだと思いました。

ところで、無駄な雑学
ココ

そこから、Wickerman Festival に飛ぶと、そこのウィッカーマンはちょっと艶かしい?

theme : 映画感想
genre : 映画

tag : ニコラス・ケイジ ウィッカーマン

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「臨死ーTHE INVISIBLE」

「臨死ーTHE INVISIBLE」HP
   rinnsi
10月31日 スターチャンネルにて

11月は家で静かに、ケーブルテレビなどで映画を見ています。単館系で知らなかったもの、見逃してしまったものなど結構ありますね。
中には未公開だったものなんていうのも観ることが出来たりします。

この映画は、そんな未公開映画だったのだと思います。

タイトルからホラーと思ってしまうと、ちょっとがっかりするのではないかと思います。
この映画の謳い文句は

「シックス・センス」の製作スタッフが仕掛ける衝撃のサスペンス・スリラー

なんですが、売り方はいろいろだなあと言うのが正直な感想です。製作スタッフと言うのはどの変の方が参加しているんだろうと、不思議に思うところですが映像は綺麗です。

解説の方が「青春映画」と言う言葉を使っていましたが、そう思ってみるとなかなかいいお話です。

確かにタイトルに「臨死」とあるので、主人公の青年が体から離れてしまっていることを明かしても、ネタバレにはならないと思いますが、そのように幽体離脱をしている青年が出てきても、スリラーには思えません。
原題の「THE INVISIBLE」には見えないものになってしまったという、死者の無力さ、無念さが込められているように感じました。幽体離脱している彼には何の力もなく、どんな声も通じません。
その声を唯一受け止めてあげることが出来たのは誰だったのか、と言う所がポイントなのですが、それはなぜなのかは描かれてはいなく、説得力がないのが残念です。

だからこの映画は、生きてきた環境や運命で、不良グループの悪として生きている少女の、変わりたいという足掻き、才能・家庭環境に恵まれながら、母親との気持ちの擦れ違いに苦しむ青年の成長の物語なのだと思います。

そして何の力のなくなってしまった青年が、如何に自分の体を取り戻し再生していくのかと言うサスペンスです。

その最後は、ちょっと切なかったです。

切なさゆえに、余韻が残りました。


他の見所は、「ミスト」のマルシア・ゲイ・ハーデンが、青年の母親役ををしているところ。
主人公の青年は、かなりイケメンでいい感じです。彼は、ジャスティン・チャットウィン。「宇宙戦争」でトム・クルーズの息子を演じていた青年です。

彼って、「ドラゴンボール」の悟空!?
へぇ、凄いなと思う反面、あの映画ってどうなんだろう・・・、・・・・・

theme : 日本未公開映画
genre : 映画

tag : マルシア・ゲイ・ハーデン ジャスティン・チャットウィン

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1408号室

1408号室 - goo 映画

1408

11月26日映画館にて

 困ったことにスプラッタ嫌いのホラー好き。近頃スプラッタとホラーはイコールではないけれど、かなり近似値。映画館に行っても片目で見たり指の間から見たりで、忙しい。そんな私が大画面を直視してずっと見続けることが出来た、スプラッタなしホラー。

ホラーと言うジャンルだけを確認して(最近紛らわしいから)、リサーチなし前評判も見ないで、見に行きました。帰ってきてからサイトで確認したらスティーブン・キング原作だった。どおりで恐怖が綺麗だわ。と、訳の分からない事言っても通用しないか。

 これを言うとネタバレになってしまうけれど、この映画に「なぜ」と言う部分はなし。でも、これは言ってもいいんじゃないかなと思う部分だ。なぜなら、私はずっとその「なぜ」を探して肩透かしを食ったから。

 それで思い出したのだが、日本のホラー、例えば「リング」がハリウッドで受けたのは、ホラーにサスペンスがミックスされていたからだと言う。日本人的な感覚で言うと、「なぜ」はすなわち因果と言う事で、当然の部分だ。それがないとホラーのほとんどは成り立たない。「邪悪」そのもののサ○コ(怖くて名前もかけない)でさえ、その謎をとこうとする因果の因の部分を探るという部分は外せない要素だった。

この映画にはその因がない。「邪悪なるもの」と言うのがそのものの正体のようだ。
悪魔が存在する国の原点のような、ホラーだ。

ちなみに私のホラーNO1は古くは「四谷怪談」だが、現代物では「リング」。なぜなら、因果の因を解き明かしてもその先のたたりは消えない。それは最初からある邪悪が根源だからだ。そう考えると「リング」は日本発信の外国的ホラーだったのだろうか。

1408はあわせると13になる。

いかにも原点。

心霊的なものまたは神も信じない男マイク・エンズリンは幽霊ホテルのルポをして本を書いている。その男が1408号室で心霊現象を体験し考えを変えざるを得ない恐怖の様子はごく自然で頷ける。一体どんな風に、お約束の恐怖体験は始まるのかと思ったが、突然の音楽や時計は効果的。舞台もその大半がその一室である。数人の登場人物、または亡者達が登場するが、やはりジョン・キューザックの独り舞台だ。

ホラーの恐怖は、自分の中の想像力による所がある。深読みしすぎて、過剰な恐怖に怯えてしまった。冷静になってみるとそんなに怖くはなかったかなと思って家に帰ったが、ふと真夜中目が覚めた私に映画のシーンがフラッシュバックして繰り返す。

スティーブン・キングの作品はどうしてこうも神経を逆撫ぜするのだろう。

ところでこの映画の途中で、マイクが絵を見ているときだったか、後ろの扉のガラス戸に一瞬何かが写る。あれってなんだったのだろう・・・。(気になった方いませんか?)


以下ネタバレ感想↓

more...

theme : ホラー
genre : 映画

tag : スティーブン・キング ジョン・キューザック

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「カポーティ 」

カポーティ - goo 映画


カーポティスターチャンネルにて

以前から見たかったのに、見逃していた映画をようやく見ることが出来た。
ずっと見たいと思っていると、見ることが出来ただけで満足できてしまう場合と、期待が膨らみすぎて思っていた以上のものに感じない場合があるかもしれない。

どちらかと言うと、この映画は前者。

第78回アカデミー賞主演男優賞、受賞作。
フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が光る。ホモでアル中、特徴ある話し方に仕草に、どんどん映画の中に引きずり込まれていく。


余談だが、トルーマン・カポーティと聞くと、やっぱり「ティファニーで朝食を」なんかを思い浮かべてしまう。映画を見ずに原作を読み、自由人のホリーに強い憧れを抱いたものだった。日本と違う文化に驚きを感じながら、表札の「トラベリング」にまねをしたい衝動に駆られていた。
その後に見た映画には、オードリーや音楽の美しさは際立ってはいたが、甘いラブストーリーで、特にラストが思いっきり違っていて、私的にはがっかりだった。昔はそういう映画が万人受けしたに違いない。

「冷血」は、そのトルーマン・カポーティが一家惨殺の犯人に丁寧にインタビューを繰り返し書き上げた作品で、評価も高く、若い頃には「いつか読もうリスト」に入っていたように思うが、結局未読。でもその作品に興味があったことは確かなのだが、内容が重そうだという事で、無意識に避けていたのかもしれない。

ただ若いときの私は、
>トルーマン・カポーティが一家惨殺の犯人に丁寧にインタビューを繰り返し書き上げた
と言うイメージが、もっとドライなもののような気がしていた。この映画を見てそれが大きな誤解だったことに知ったのだった。


人の人生に食い込むことは難しい。そう言ってしまえば元も子もないが、自分の生い立ちと重ね合わせ、ひとつの家に入り自分は表から外に出てペリーは裏口から出たと例えるカポーティは、犯人のペリーに通じるものを感じる。だからと言って彼らの犯行に同情するわけではもちろんなく、彼の目的は話を聞きだして本を完成することにある。
いくつもの気持ちが、自らの心の中で交錯し、苦悩し彼を追い詰めていく。

溺れる者は藁をつかむ。
彼らに興味を持ち近づいてきたカポーティに、ペリーは自分を助けてくれるものとすがるのだ。本を利用して、自分が心神耗弱の者だと訴えられないかとか、新しい弁護士を探してくれとカポーティを苦しめる。それらを巧くと言うか、ずるく交わしながら、それでも彼らは「友」と言う名前で縛られていく。

優しげに近づき話を聞き理解しようと耳を傾ける者が、すなわち味方であるとは限らない。やってしまった犯罪は、生い立ちなどでは埋められない凶悪なものなのだ。ペリーの思いは愚かな自分勝手なものに感じた。
愛しながら利用する、それはないというカポーティだが、笑いながらつけたタイトル「冷血」をペリーには明かさず、まだ何も書いていないといいながら、裁判の終結と実行によって、小説の完成を望んでいる。見ている者は、その矛盾の渦に巻き込まれていってしまう。

軽口、酒、電話・・
そんな彼の重要アイテム。


軽愚痴、ケーキ、長電話・・
アッ、似てる。どうでもいいか、私の事なんか。


この映画は、先月観たのではなかったかな。感想を書きたいなと思いながらテレビをつけたら、またこの映画が放映されていた。奇妙な偶然だが、そんなことはしばしばあるので気にしない。なんたって、世界はあたしを中心に回っているんだから・・・なんてことは思わないが、ありがたくまた観たのだった。
映画の感想は一度目に観た時に、その印象を大事にして書きたいものだと思っている。だけど、それはどうなんだろうと、その時思ったのだった。映像はあっという間に、ゆっくり流れる川の流れのように過ぎていってしまうもの。その時どれだけの物を、私は見逃しているのだろう。

ペリーの絞首刑の最後の言葉。
家族が来ていないことを知ったペリーは
「じゃあ、伝えてくれ・・・。
・・・、何が言いたかったのか忘れてしまった。」と言って、しばしの無言がある。

私は最初に見たときに、その感想を、
「何も考えずに、生きてしまったのだ。忘れてしまったのではなく、何もなかったのだ。」と思ったのだった。

でも、二度目に観た時に気が付いたのだった。これは前の方に伏線があったのだ。
ペリーの日記の中で、彼が何かで賞を受けるときのスピーチと言うものが出てきていた。
「何が言いたかったのかを忘れてしまった。この変えがたき経験を光栄に~。」

彼は偶然か皮肉か、または分かっていて言ったのかもしれない。しばしの無言が意味のあるものに変わって見えたのだった。

「彼らを助けることが出来なかった。」
「助けたくなかったのよ。」

彼のよき理解者ネルは言った。


「冷血」と言う映画を一緒に観ると、よく分かるような気がする。
「冷血」の感想は→コチラ


theme : 映画感想
genre : 映画

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「ソウ」

ソウ(2004) - goo 映画

ソウ

11月15日ケーブルテレビにて


スプラッタ嫌いなので、ずっとこの映画を避けてきました。永久に見ない映画かと思っていました。だから、お友だちブログでも安心して感想を読んでしまいます・・・・
でもみんな「衝撃」と言う言葉で褒めまくりです。
ソウ」は今月シリーズ5が公開、まだまだ続きソウなんだって。

何でそんなに人気があるの?
どうして、みんな癖になってるの?

そんな風に思っていたら、ケーブルテレビでやってくれました。


一番感じた感想。
何だ大したことないじゃん、このぐらいの痛いシーンならぜんぜん平気よ。
もちろん、それは映画の中の世界だからですよ。現実だったら人の小指の先の切り傷だって直視できないわ。
なんだろう、その鈍くなってしまった感覚。慣れって怖い。


まあ、その部分は棚に上げて次の感想。
<敢ては触れてはいませんが、たぶんネタバレ全開です。>

たまたまだけれど、みんなが「衝撃の」と上げている部分を事前に知ってしまった私。知らなかったら確かにもっと驚いたかもしれませんが、でも、たぶん「衝撃の・・」と言うみんなの言葉と、映画の中でも語られているの「犯人は一番前で見ている。」でやっぱり分かってしまったと思うの。
これも映像慣れ?
推理ものでも、小説だとなかなか犯人が分からないことが多いのに、映像で見ると意外とそのからくりを分かってしまうことって、結構あると思うのですよね。
顔が見るからに犯人、この俳優レベルがこんなチョイ役な訳がないとか言うことを別にしても、視覚から脳に入る情報って凄いですよね。

それとちょっと余談っぽいのですが、今書きながら思い出しました。うちの子供の一人は映画を本で読むタイプで、この話の冒頭の部分だけ話題にしてきたことがあったのです。その時私は「そして誰もいなくなった」を連想してしまったのです。この「そして・・・」を連想してしまえば、ジグソウが何処にいたのかは、ソウは難しくないような気がします。
やっぱり「そして誰もいなくなった」は原点なる素晴らしい作品ですね。

そのオチが分かっていたとしても、ラストはそれでも衝撃的でした。

「な、何がゲームオーバーだ~!!!」と、叫んでもみたくなりました。もちろん心の中で。いくら我が家と言えども、テレビの前で叫ぶなんてことは、出来ません、私。だけどオーバーリアクションが出来るのが、家で見る醍醐味かも知れません。思わず目を覆うと言うより、耳を塞いでしまいました。

残された男の絶望が・・・。ああ~。

しかもですよ、その結末は最初の場面で決まってしまっていたなんて・・・。
ショックです。

それとですね、不可解なのがジグゾウのメンバーの選び方。
彼のゲームに選ばれちゃう人は、何らかのルールがあるわけでしょ。それで、私は「そして誰も・・・」を連想してしまったわけなのですが、何であの人まで。

医師が「患者、患者」と物の名前のように言っていたのを
「彼は○○さんというんです。彼はとっても愉快な人なんですよ。」と、庇ってあげていたのに。
それともその後、蔑まされてすごすご退散したことで選ばれてしまったと言うのでしょうか。なんだか理不尽・・。
殺人鬼にポリシーみたいなものを求めることが、大いなる過ちなんですね。

それでなのか、彼にはハンニバルのような魅力を感じませんでした。

でーも!次が気になるじゃありませんかー!
なるほど、みんなこんな風に嵌っていくのですね。よく分かりました。


     ※   ※    ※    ※    


リビングでこの映画を観ていたら、入ってきた息子が
「今頃『ソウ』なんか見ているの?。」
「そう。」と返事して、
「いや『ソウ』なんだけれど、今言った『そう』は『ソウ』じゃなくて、「そうなの」の「そう」。」
「言わんとしてることは分かるから。」
それでまたうっかり
「そう。」
―ああ、だから~―
「ソウ」って嫌い、タイトルが。











theme : 映画感想
genre : 映画

tag : ソウ

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「パーフェクト・ストレンジャー」

パーフェクト・ストレンジャー - goo 映画
パーフェクト・ストレンジャー
11月15日スターチャンネルにて


ラスト 11秒まで、
       真犯人
      絶対にわからない―。



そういえば、そんなことを言っていたなぁ。すっかり忘れて、ぼんやり見ていました。
「最後にどんでん返しがあるみたいよ。」ぐらいは思っていたかもしれませんが。

映画って、見ている側のコンデションも感想に影響されると思うのですよね。ソファに寝ころんで見ていたら眠くて最初の20分ぐらいは、頭にお話が入ってきませんでした。今回は「捨て」かなと思った頃、ようやく物語りは本題です。
この20分の間に大切な伏線があったみたいだし、主人公の現状が描かれていたみたいだし、事件も起きました。
それでも見始めるには充分間に合ってしまいました。

しかも、その20分を目を開けたまま寝ていたお陰で、ラストは結構驚きました。
世の中何が幸いするか分かりません。


何で途中から目を覚まし見始めたかというと、相棒が出てきてやっと面白くなってきたからです。そして、犯人と思しき男の会社にもぐりこみ、やっと物語が回転し始めた感じがしたのです。
テンポ悪いです。

その相棒、マイルズもその風貌と違って怪しい・・・
なんとなくこういう二人組みって、片平なぎさと船越英二のコンビみたいな安心感ってないですか。
ところがそうではないんですね。

ブルース・ウィリス演じるハリソン・ヒルは、本当に女たらし。その奥さんも怪しくてレズビアンの秘書も怪しい。


怪しい人だらけなのが、なにげに楽しかったです。
それでもなるようになって、ハリソンは逮捕です。

サア、どんでん返しだーと、最初からそれを謳っているので当然のように構えちゃういますよね。
で、
ああ~、成る程ねえ、と思いました。

目撃者が映るラストシーンも、ちょっと衝撃的なような気がしたのですが、冷静になってみると、その人がいい人で普通に通報って可能性もあると思うと、取って付けたようで、どうって事ないなあと思ってしまいました。

ハル・ベリーは色っぽかったです。だけどブルース・ウィリスは客寄せパンダだったかな。





theme : 映画感想
genre : 映画

tag : パーフェクト・ストレンジャー ブルース・ウィリス ハル・ベリー

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「TATARI タタリ/呪いの館(2007)」

「1408号室」の感想の中で、一番怖いホラーは「リング」だと書いたが、子供の頃からその「リング」を見るまでの間で私の中で一番を譲らなかったのが、「たたり」と言う映画だった。中学の頃テレビで見たのだが、その映画のホラーとスプラッタは近似値でもイコールでもなかった。シャリー・ジャクソン女子の「丘の上の怪」が原作。「ウエスト・サイドストーリー」のロバート・ワイズが制作、監督を務めた正統派恐怖映画。そこで起きる怪奇現象は現実味があり、震え上がるほど怖かった。

たたり(1963) - goo 映画

tatari


この映画は、1990年に「スピード2」「ツイスター」のヤン・デ・ボン監督でリメイクされた。


ホーンティング(1999) - goo 映画

ホーンティング

綺麗な作品に仕上がったが、怖さは半分以下になってしまったように思う。でも本音を言うと、この程度のホラーが私には一番向いているかも。


12月4日、ケーブルテレビでTATARI タタリ/呪いの館(2007)と言う映画をそのタイトルに引かれて見た。これは実は「TATARI 」と言う映画の続編で「地獄へつゞく部屋」(58)のリメイク。ややこしい。

TATARI(1999) - goo 映画

TATARI
  たたり2

こちらの原題は「House on Haunted Hill」

違うお話だけれども、いずれも丘の上の家には気をつけろってことね。

「たたり」と「TATARI」で思うには、アチラのホラーの恐怖の原点は、霊と悪魔的なものに系列が分かれるように思う。日本のホラーのほとんどは霊によって成り立っていると思うのだけれど、どうだろう。

先日見た「TATARI タタリ/呪いの館」は、「TATARI」の続編と言うことも知らなかったのだが、知らなくても別に問題がない。後でいろいろ解説を読んだり、他の人のレビューを読んでみると、かなり前作よりは質が落ちているらしい。でも、オリジナルビデオなんだから、そんなものかな。
それでもストーリーは分かり安く前作を見ていなければ分からないと言うものではない。

ただ、この映画・・・気持ち悪い。
冒頭5分。本編が始まるまでにフラッシュバックのように恐ろしいシーンが続く。どうもこれ、前作のシーンみたいなんだけれど・・・

サクサクチョキチョキ・・・・

ゲー

もう見るのを辞めようかなと10分で思ってしまったが、最後まで見ないと余計怖い。クッション抱えてみてしまった。

以前の元精神病院虐殺事件の生き残りサラが自殺してしまった。その妹の手には、姉が残したその病院長の日記が託される。すべての元凶は悪の偶像バフォメット像にある。死者の魂はその呪いに縛られていた。が、歴史的にもお宝的にも価値のあるその像をめぐって、欲に目のくらんだトレジャーハンター、大学の学者と弟子、妹と恋人などがその館にやってくるが・・・


様々な殺しのオンパレードだ。ここを褒めると私が変な人みたいだが、この手の映画はそこが命でワンパターンになったら、もう救いがない。この映画はそこは頑張っている。
でもそれだけ。以上終了してテレビを消すと、恐怖の余韻も何もない。助かる人助からない人、予定通りだし。

結局破壊されなかったバフォメット像の行方と影響力が気になるところ。

これの前作の「TATARI」は設定が面白いらしい。でも、もうしばらくはサクサクチョキチョキ系の映画はいいかな。








theme : ホラー
genre : 映画

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「ジョー・ブラックをよろしく」

ずっと、「TATARI」で止まっていると言うのも、なんだか嫌な感じです(汗)
でもこの際だからホラー映画特集にしちゃおうかなんて思ったりして。日本では夏がその季節だけれど、外国では暗い冬がホラーの季節なんですってね。
だけど今回は死神が出てくるけれど、ホラーではありません。


ジョー・ブラックをよろしく(1998) - goo 映画

ジョー・ブラックをよろしく
12月6日ケーブルテレビで見ました。

以前にもレンタルビデオで見ましたが、映画と言うのは二度三度繰り返し見る楽しさがありますね。なにげにそのつど感想が違う場合があって、そんなところも面白かったりしませんか。

ブラッド・ピットが好きでした。この映画を観て、それがなぜだったかを思いだしました。
だって、若いときのブラピって本当に綺麗。

ジョー


アンソニー・ホプキンスはハンサムでもないのに、本当に人を引き付ける魅力のある人ですね。

役の中でも、死神に人間の世界の案内人として選ばれると言う説得力を醸し出しています。
このアンソニー・ホプキンス演じるパリッシュと死神ジョー・ブラックとの絡み合いが、本当に面白い。

 ジョー3


パリッシュを追い詰めることになってしまう
「すべてはジョー次第」と言うセリフも、本当は結構重いセリフです。
この物語は、死を目前にするといろいろな真実が見えてくるということを暗に表していたのでしょうか。誰が信頼が出来たのか、誰が裏切っていたのか、目を向けようとしなかった愛の優しさに気が付いたり、何を大事に思って生きてきたのかに気が付いたり、このパリッシュの物語の比重は結構重いと思います。それに絡む、会社存続の危機を呼ぶ合併話など、どのようにその危機を乗り越えるのかも見所です。
すっかり忘れていたので、楽しめました。

「人は税金と死からは逃れられない。」
「去りがたいかね。それが『生』なんだ。」
言った人は違いますが、そんなセリフが印象的でした。それにキィワード?

マルシア・ゲイ・ハーデンがこんなところにも・・・・
昔は意識しませんでしたが、「ミスト」以来気になる女優さんになってしまいました。


前にこの映画を見たときは、アンソニー・ホプキンスとブラピのお話に、オマケのように恋の物語が付いていたように思えました。

今見て変わったのはそこでした。

 ジョー2


死神ジョー・ブラックの物静かさや、ものめずらしい人間界を楽しむ様がキュートで魅力的。
パリッシュの娘、サラは短い間に、実は二人の男性に恋していたのだと思います。

最初の出会いの時の「恋に落ちた」、その落ちっぷりを見逃すと、ラストがご都合主義に感じてしまいます。
死神ジョーとの別れは切なくて、一目で恋に落ちた若者との再会は嬉しくて、そんな複雑な気持ちをクレア・フォラーニが見事に演じていると思います。

愛するがゆえに連れて行くという選択を諦めて、青年を返してあげたジョーの恋心に、ちょっとウルウルと来てしまいました。




昨日、何気なくテレビをつけたら「ブロークバック・マウティン」をやっていました。
何回も見たからいいかなと思いながら、ながら見。でも、同じシーンで泣けてしまうのですよね。重ね合わせて掛けてあるシャツのシーンです。

いい映画は何回見てもいいものですね。





theme : 恋愛映画・ロマンティックコメディ
genre : 映画

tag : マルシア・ゲイ・ハーデン ブラッド・ピット アンソニー・ホプキンス

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レッドクリフ PartI

レッドクリフ PartI - goo 映画
12月17日映画館にて
レッドクリフ2
<一番下に映画とは関係のない人形劇「三国志」の人形達の映像を張っておきました。興味のある方はどうぞ>
私はいつだって戦争を憎み平和を愛する者ですが、なぜだか「三国志」の世界だけ、その戦いに血が沸きたつのです。どんなに悲惨な戦だったかもしれないと思っても、1800年もの昔々の物語だからでしょうか。どんなに血吹雪が飛ぼうが、その死を傷む想像力は眠りこけ、ひたすら男達の野望・野心に心ときめかすのでした。

「レッドクリフ」を見てきたと子供に言いましたら
「どうせ空を飛ぶんだろ。」と言われました。
レッドクリフー三国志ー中国ー空を飛ぶ・・・成る程
でもレッドクリフは人は飛びません。
変わりに鳩が飛びます。
美しく印象的に延々と・・・。

中国の大ロマンをハリウッドが作るとこうなるのかと、2時間25分を飽きることなく堪能しました。

「三国志」の大まかな話は知っていても、ほとんどは知りません。
それでも「三顧の礼」
「泣いて馬謖を切る」
「死せる孔明、生ける仲達を走らせる」と、故事からいにしえの物語を垣間見ることが出来、「三国志」は意外と身近。

とまれ。。。

「死せる孔明、生ける仲達を走らせる」なんかぜんぜん身近なんかじゃないかもしれませんが、それでも知っている人は結構いるかもしれません。原作からと言う人も多いかもしれませんが、私は漫画&昔NHKでやっていた人形劇のお陰です。

でもこの映画は、そんな故事の背景ではない部分で「赤壁の戦い」のお話です。

Wikipediaで「赤壁の戦い」なんかを調べていると、次に「周瑜」の項を読みたくなり、次にと留めることが出来なくなってしまいます。それらを読んでいると、「三国志演義」に描かれている彼らのエピソードがあんな風に使われていたんだなとか、いろいろ面白いので嵌ってしまいました。


周瑜は昔から二枚目俳優が演じる習慣があるとか、小喬本当に絶世の美人だったとか・・・

だったら配役は間違えていませんね。と言うより男達はみなかっこ良かったですね。
小喬も本当に綺麗な人でした。
レッドクリフ3
<以下ネタバレ感想です>


カッコイイと言えば、趙雲の阿斗救出シーン。
「まいりますよ。」と背中に赤ん坊を括りつけた時、心がときめいてしまいました。こういうのに弱いんです。
ついでですが、その時ビ夫人は足手まといになるまいと、自ら命を絶ったというのに、後の方のシーンで劉備が孫権の妹の尚香に、後添いの話も悪くないみたいな顔をするところはムカつきました。皆の草鞋を編んであげるような人徳者の見たくない部分でした。気絶させられてスカッとしました。

 レッドクリフ

ところで噂の日本語解説。あれは良かったですよね。この物語にスッと入って行くことが出来ました。そして冒頭、漢皇帝のシーンでの諫言の忠臣処刑と言うエピソードで、曹操がかなりの「悪」として描かれているのだと分かるという展開もテンポが良かったです。

テンポ良く相手の人となりを分からせるエピソードは、孔明と周瑜の出会いのシーンもそうでした。牛を盗んだ兵の裁き方、音楽への造詣が深いことで、義に厚く文武優れた人物なのだと伝わってきました。

でも、とにかく戦闘シーンが面白いのです。知略計略、歌舞伎のように一人ひとりに見せ場があり。笑ってしまうシーンもあり、感心するシーンもあり。

戦闘シーンで次に繋がっていくエピソードがさりげなく組み込めれていたりと、面白いです。

静かな部分は孔明が担当。金城武は私の孔明のイメージにぴったりな人で嬉しくなってしまいます。
もちろん大好きなトニー・レオンもカッコイイ。中村さんも頑張っています。

レッドクリフ5


琴の合奏、言葉なく会話するシーンが素敵でした。
亀の甲羅の陣形が凄かったですね。でも太鼓(ドラ?)一つで形を変えて行くのって、体育祭のマスゲームを思い出してしまいました。ひと夏練習が必要でしょ、ふつう・・・

レッドクリフ4

ふと気が付けば
「キャー素敵!」だけのミーハー記事。 まあいいかな。パート2も楽しみです。


<追記>
映画とは関係ありませんが、捨てがたいものを見つけてしまったので貼っておきます。
レッドクリフの余韻かな。


theme : 映画感想
genre : 映画

tag : 金城武 トニー・レオン

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ベンジャミン・バトン 数奇な人生

ベンジャミン5
ベンジャミン・バトン 数奇な人生 - goo 映画
2月7日 映画館にて。

80代で生まれ、そこから若返っていく人生を送った、タイトルどおりの数奇な人生の物語。

私はこういう話に弱くって・・・。ラスト近くに、特に涙。

意外とテーマは重い。


人に映画の感想を述べる時、良いか悪いか以外に、勧められるか否かと言う視点もあると思うのだが、例えば「感染列島」、私は人には勧めない(見る予定の人を止めはしないけれど)。例えば「20世紀少年」、自分は好きでもどんな人にでも勧める勇気がない。だけどこの映画だったらどうだろう。どうだったと聞かれたら、
「良かったよ。是非見る機会があったら見てみて。」と即答するのではないだろうか。
もちろん、人の感覚は様々だから、みんなが私のように「良かった。」とは言わないかも知れないが。


映画館から帰ってきてから、用があって姉に電話をした時に、やはりこの映画の事は上の言葉のように言ったのだったが、ちょっと映画の内容に踏み込んで話したときに、思わず「フォレスト・ガンプ一期一会」の事を引き合いに出してしまったのだった。後でHPなんかを見てみると、脚本はまさにその作品を書いたエリック・ロスだった。やはりライターの作品の傾向と言うものがあるのかもしれない。


若返っていく人生だろうが、老いていく人生だろうが、その生きていく間に出会いもあり別れる人もあるのは実は同じこと。そんな人生の出会いを大切にしたくなるような、そんなことを、ふと思う作品だった。


以下ネタバレ感想
ベンジャミン3

ベンジャミンを拾って育て上げてくれたクイニーは、ベンジャミンの事を、ありがたくはないかもしれないが、まさに奇跡と言っていた。

父親が思わず捨ててしまった所が老人のための施設だったことと、拾ってくれた女性が、信仰心厚いクイニーだったことこそ、本当の奇跡だったように感じた。

彼の人生を通り過ぎて行く、様々な人々。

彼が自分を捨てた父を許し、彼の好きだった別荘の湖畔に連れて行くシーンは美しい。

また、ロシアで知り合った女性エイザベス・アボットとのつかの間の恋のエピソードは、心に残った。
お相手が、私の好きなティルダ・スウィントンだったからかもしれない。ずっと後になって、テレビで68歳の彼女が最高齢で海峡を渡った姿が映し出されるが、そこからは前向きなメッセージが多く発せられているような気がするし・・・、この辺がいかにもエリック・ロス

―願いはいつか叶う。だけど、その「願い」を持つと言うことが大変なんだって・・・
「願い」または「夢」を持つと言うことが、多大なエネルギーがいることなんだと思う。彼女のエネルギーの源は、かつての恋とベンジャミンとの語らいからだったかも知れない。
「先のことは分からない。」のだから。

ベンジャミン2

いずれにしても、ベンジャミンの初めての恋の相手は大人の女性だったわけだが、彼の人生でずっと大切だった女性は、ディジー。
生涯思い続けた女性でも、その共通の時間は短くて・・・。

子供が生まれて、二人の未来の為に去っていったベンジャミン。日記の最後にも書かれたシーンは切なかった。
服を着るディジーの後姿は、肉はたるみ背中は染みだらけでまさに中年の女性。それを見送るベンジャミンの姿は10代の少年のようだった。

そのシーンからは畳み掛けるように切なさのオンパレードだ。
老いても若返っても、最後はひとりでは生きられない。


時を戻したい。誰でも思うことではあるかもしれないが、時が戻る人生を送ってみても、そこにある喜怒哀楽、苦痛と至福は変わらないのかもしれない。

ただ、逆回転時計のお話は胸を打つ。
後ブラピの老人顔でも少年の演技(赤ちゃんが生まれることを知ったときなど)なんか感心したな。


ベンジャミン1

ベンジャミン4



監督 デビッド・フィンチャー
脚本 エリック・ロス
出演 ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントン




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genre : 映画

tag : デビッド・フィンチャー エリック・ロス ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ

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オーストラリア

オーストラリア - goo 映画

オーストラリア
2月28日 映画館にて鑑賞

人生はいきなり今日からは始まらない。
先日義母と「ベンジャミン・バトン・・」を観に行った時に、「オーストラリア」の予告編が流れた。母が小さな声で私に言った。
「これこれ、コレが見たいのよね。」
・・、そうだったのか!!
義母は、本当は「ベンジャミン・・」じゃなくて、「オーストラリア」の方に興味があったか・・・
「二月はアレが公開になるわよね。アレ、見たいわね。」の「アレ」は「オーストラリア」だったらしい。
恐るべし。アレ、コレ、ソレの世界。
「ベンジャミン・・・」はどちらかと言うと、私の見たいものに合わせてくれたみたいだ。

「じゃあ、次はアレを観に行きましょうね。」と私は言ったが、ちょっと気持ちに迷いが・・・。
なんたって、タイトルがデカイ。(「大きい」と言いましょうよ、と注意しないでね。イメージだから。)

だって、コレだ!
オーストラリア2

ニッポン」みたいなタイトルな訳でしょ。ちょっと微妙。加えて、goo映画のレビューなんかの先に試写会で見た人たちの感想がイマイチ。

でも今日、観に行って、やっぱり自分の目で確かめて物事を判断するべしって、とても反省させられた。千の人がいれば、千の感性。私には嵌ったなあ。
娯楽映画として申し分のない面白さで、2時間45分があっという間だった。

が、この映画には前編と後編のように、二つの山があったように感じた。メデタシメデタシのその続きの話は、辛い現実の話のようで、実は終わってみると、そちらの方がある種のファンタジー映画に思えたのだった。

私は泣いたよー。前半の・・・で。後半の・・・・で。
義母が言った。
「オーストラリア版『風と共に去りぬ』みたいなんだって。」

オーストラリア3

フムフムなる程。ヒロイン名はサラ・アシュレイだしね。わざとかしら。
「衣装はイマイチだけれど、帽子とバッグが見所らしいわよ。」

オーストラリア4
 
見逃しちゃった~。


以下ネタバレ感想です。

オーストラリア5


なぜだか自分が子供の頃から、子供が出てきて窮地に追いやられると、条件反射のように泣いてしまう私。
前半最大の見所は、牛の暴走シーンとアボリジニの混血少年ナラの崖っぷちのシーンだと思う。思わず足に力が入ってしまったが、見開かれたナラの瞳に魂が吸い込まれてしまったように感じた。このシーン、手に汗握る人も多かったと思うが、泣いているバカな人は私ぐらいだと自覚はあるが、条件反射っていうやつなので仕方がない。だけど涙ボロボロ。それだけ窮地マックスだったと言うシグナル。私って分かりやすいな。

長編なのでいろいろな感想はある。例えば薔薇が咲き乱れる英国風のダーウィンの家に、家を素敵にするのは女性の力なのかもしれないと思ったと言う細かい所とか、慰み者にした女性の子供に微塵も愛情を感じなかった男の気持ちを、あれやこれや思うと言うような後を引く部分とか。まあいろいろ。

好きなシーンは、ナラが顔を黒くして映画館で「オズの魔法使い」を見るところ。
その後降ってきた雨に、違う展開になってしまうのかとちょっとドキドキしてしまったが、ナラには関係がなくて良かった。

後半で一番泣けたのは、船着場で引き離されるシーンではなくて、やっぱりラストシーンだった。

少年は大人になる為の旅にでる。
別れを決意して送り出すサラ。

が、魔術師の祖父は言う。
ナラは今、旅を終えて帰ってきた、私達の国に。
―そうだったのか、としみじみ~&涙。

少年は上着を脱ぎ靴を遠くに投げ捨てる。
裸足で走っていく少年の姿に、彼らの価値観と文化への敬意を感じたのだった。


「三人で仲良くメデタシメデタシかと思ったのに、そうじゃなかったわねえ。」と義母がしみじみと言った。
だから余韻が残ったわけだが、彼女が行きたいといわなければ見なかった映画。誘われて良かった。
オマケに思ったこと。ナラの綺麗なボーイソプラノでしっかりと歌が聴きたかったような・・・




監督・原案・脚本
バズ・ラーマン

出演
ニコール・キッドマン
ヒュー・ジャックマン
デヴィッド・ウェンハム
ブライアン・ブラウン
ジャック・トンプソン

オーストラリア6









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genre : 映画

tag : ニコール・キッドマン ヒュー・ジャックマン

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チェンジリング

チェンジリング - goo 映画

tyennzirinngu
2月25日映画館にて鑑賞

感想を書くのが前後してしまったが、「オーストラリア」を見る前のレディスディの日に「チェンジリング」を一人で観に行った。

前の「オーストラリア」の感想の中で、子供が窮地に追いやられると、条件反射のように涙が出ると書いたが、実はこの映画ではそれがなかった。

映画を観ていて、これほどイライラとムカムカが交互に波のように押し寄せてくる映画は今までにはなかった。

―くたばれ!地獄に落ちろ!

と、気が付けば私がアンジーが言う前に心の中で言っていた。


母一人子一人の家庭から、母の仕事中に子供が消えてしまう。半年後に戻ってきた子供は、まったく別の子供だった。

あり得ない話である。宇宙人がらみのSF映画でもなければ成り立たない話なのに、涙ながらに「違う」と訴えても取り合ってもらえない。

映画の一番初めに浮かび上がる「truth story」と言う文字が、心をえぐる。


いつもなら、「ごめんね。」と抱きしめて、翌日にいくらでも償いが出来るだろう。だけど今日と言う日を突然断ち切られたように、忽然と姿を消してしまった子供。明日へと繋ぐ「希望」とは。


ふと思う。これは未成熟の法社会の悲劇だったのだろうか。

私は、13歳である日突然いなくなってしまった娘の帰りを只管待つ、あるご夫婦の姿を思い出さずに入られなかった。取り合ってもらえない恐怖、犯人が分かっても真実が分からない絶望。

あり得ない話ではなく、今も存在している悲劇・・・。

以下ネタバレしています。

チェンジリング2

↑ 重い話でも、撮影風景は楽しそう。


明日への「希望」とは、帰ってくる、見つかると言う可能性だった。
子供の窮地にも、ヒロインのクリスティンの涙にも、食い入るように観ていた私の目はカラカラ。
が、最後に見つかった少年が
「ママに会いたかった。パパに会いたかった。」と言った時、耐えられない思いに涙したのだった。

ウォルターはきっと生きているに違いない。きっとママに会いたいに違いない。見つけてくれることを願っているに違いない。
9歳だった少年の気持ち。その後数年もたってしまった少年の気持ち。姿なき者のその気持ちは想像してみるだけ。

「生涯探し続けた」と言う最後の言葉は深く重く、心の奥底に沈みこんだ。



この映画を観てふと感じたことは他にもある。当時の警察の横暴と言うこともそうだが、
どちらかと言うと、「神の意思」または「仏の意思」と言うそういったもの。

その見えざる力は、彼女から子供を取り上げる苦痛を与え、実は彼女の人生の真の仕事をさせたのだ、知らず知らずのうちに・・・・
(ちょっと書くのをためらっちゃったけれど、あくまでも私の感想・・)

そしてもう一つ。
「悪の種」について。

まあ、これはここで書くのはやめておこう。「悪の種」は誰でも持っていて、とか言う綺麗事の話ではないから。


とにかく、スナイパー以外の濃厚なアンジーに出会えたことが嬉しかったかも。



監督・製作・音楽 : クリント・イーストウッド
出演 : アンジェリーナ・ジョリー 、 ジョン・マルコヴィッチ 、 ジェフリー・ドノヴァン 、 コルム・フィオール 、 ジェイソン・バトラー・ハーナー

theme : 映画館で観た映画
genre : 映画

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レッドクリフ PartII -未来への最終決戦

レッドクリフ PartII -未来への最終決戦- - goo 映画

4月15日映画館にて鑑賞
レッドクリフ

楽しみにしていたレッドクリフの続編。先日テレビでPart1をやっていましたね。それまで、全然興味ないし、どうせがっかりするのが関の山と言っていた夫が喜んで見ていました。私はその横で、いつもの転寝タイムなのでウトウトしていた訳ですが、別にテレビで見なくても良いんです。だってこれはやっぱり劇場で見たほうが迫力が違って面白かったですね。

だけど終わった時にPartIIの予告が入りましたが、それを見て吃驚。
そんなに見せてしまって大丈夫なの?
見るべきものは見た、なんてことにはならないの?

でも大丈夫でした。
男達の闘いは熱く、女達の想いは深かったです。そしてその想いは行動になって男達を支えたのでした。


以下ネタバレ感想です

reddokurihu

ちょっと驚いたのは、ジョン・ウー監督のメッセージが最初に現れたこと。
でもこれ、心を打ちました。

 ~親愛なる日本の皆様~
私達が暮らしている今は、過去に生きた人々の勇気ある行動が積み重なってできてきました。
世界的不況・不信の時代だからこそ。一人一人の決断で今を変えて新しい未来を作りましょう。
みなさんがそれぞれの「奇跡」を起こす時です。
未来に勇気を。
Imagine Future.
ジョン・ウー


この映画の裏には作り手のそんな想いもあったのかなと思うと、今目の前に始まろうとしている「奇跡」の物語に引きずり込まれていくような気持ちに、より一層なりました。


この映画の面白さは、孔明や周喩の頭脳戦。
10万本の矢や、水軍を率いる蔡瑁や張允の排除。本当に面白かったですね。でもちょっと蔡瑁や張允は気の毒に思いました。

曹操にしても、疫病で死んだ自分側の兵士を船に乗せ送り込んでくるような非情な人ですが、「悪」と言うわけではなかったはずです。どちら側について物事を見るかで、見方が変わると言うか・・・

曹操はかなり魅力的にも描かれていました。非情な男として描かれる反面、人心を掴かむことに巧み。疫病の病人たちの前で語る自分の子供の話に、私は奮い立った曹操の兵達の気持ちが分かってしまいました。
彼らの
「勝利。勝利・・・」と心を一つにして掛け声が広がっていくシーンにはジーンとしました。私が曹操側の人間なら、この人のために頑張ろうと思ったかもしれません。
かくのごとく、曹操は生まれながらのカリスマ。

これは昔人形劇に嵌っていた時から、ちょっと思っていたことです。
「三国志」の世界は、勧善懲悪の世界ではないのですよね。

ただ言えるのは、「統一」や「天下平定」の夢に取り付かれたものは、時に侵略者と名前を変えてしまうのかもしれないという事。それでも曹操をはじめそういう男達は尽きぬ思いに野望の道を邁進して行ってしまったのでしょうか。

「三国志」と言うと。「熱き男達の・・」と言う言葉がぴったりだと思うのですが、レッドクリフは違いました。そこには女達の命懸けの戦いがあったからです。

「あの女一人のせいで」と曹操の家臣は地団太を踏みます。またその曹操も
「茶、いっぱいのせいで、こんな大敗を」と悔しがるのです。小喬は耽美と言う言葉がぴったりの美しさで、曹操が小喬の策に嵌ってしまったのも分からなくはありません。

また男装して敵のスパイ活動をしたお転婆娘の孫尚香が、敵の青年と友情を交わすところなどは、片面のみではなく物事の両面を見せてくれたように思いました。その青年の最後のシーンは泣けました。

これは孫権側の兵士の場面ですが、柵の綱を切ろうとしているところに何本もの矢が貫きます。今まさに臨終の直前まで、その力を振り絞ってその綱を断ち切るのです。思わず私は、何のために・・?と思ってしまいました。
綱が切れれば、仲間が自分の屍を乗り越えて先に進むことが出来るからです。

正義か悪かなんかはもう関係ありません。
自分が信じた道を、その臨終の時まで突き進むしかないのだと思いました。


戦いが済んで赤壁には延々と適も味方も関係なく死体が大地を埋め尽くしていました。

「勝者などいない。」と、周喩の言葉が耳に残りました。


レッドクリフ3





空を行く灯篭は美しかったですね。
風を読む孔明も素敵でした。
曹操の水軍の火の海を見て涙を流す小喬、対岸で戦の流れを見つめている孔明の瞳にも光るものが・・・
その二人の涙にもジーンと来ました。
冬至の団子シーンも良かったです。言葉はないのに我らは家族、そういう思いが伝わってきました。なにげに劉備側も映して。劉備は頑張って臆病な人を演じていたのですね。すっかり騙されてしまいました。
中村獅童 の甘興の最後、頑張りましたね。胸が痛かったです。
火計による火のシーンは大迫力。見応え充分でしたね。

男達は皆カッコ良かったけれど、やっぱり私は彼と彼


れっどくりふ4



レッドクリフ5


トニー・レオン
金城武
チャン・フォンイー
チャン・チェン
ヴィッキー・チャオ
フー・ジュン
中村獅童
リン・チーリン
監督:ジョン・ウー





theme : レッドクリフ
genre : 映画

tag : トニー・レオン 金城武

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天使と悪魔

天使と悪魔 - goo 映画

天使と悪魔1


5月16日映画館にて鑑賞。


「ダ・ヴィンチ・コード」の謎に迫った、ロバート・ラングドン教授がヴァチカンの謎に迫る。
テンポの良い展開で、間延びするシーンなし。


ガリレオ・ガリレイは秘密結社イルミナティのメンバーだった!?

バチカン市国の、法王逝去から新法王が選出されるまでの流れや科学と宗教との争いの歴史などドキドキハラハラしながら、尚且つ思わずいろいろと学んでしまった。

ちなみに中学の社会の定期テストでは、「バチカン市国」は、その形・大きさなど出題率高し。しっかりマークしよう。

というわけで、以下ネタバレ感想です。

天使と悪魔2



なんと言ってもバチカンと言う、なんとなく閉ざされた雰囲気の場所が舞台と言う所が面白い。
キャッチコピーで「宗教と科学の400年戦争」と言うのがあったが、凄く巧くてカッコイイと感じてしまった。映画の中でもガリレオの「我々は同じことを言っている。」というような事が出てきたが、宗教と科学は相反するものではなくて、突きつめるべき真実の山の頂点は実は同じと言う事を言っているのだと思う。ただ登るべきルートが違うだけ。

そういう真実に気がついてきたことが、歴史の進歩であり、過去の過ちを正すチャンスがあるというもの。が、いつの時代にもそれを許せない保守的な人間がいるもの。


この映画のどんでん返しは、革新的に見えたものが実はそうではなかったというところにあった。法王殺しとその後に続く残虐な犯罪の、その動機がそれである。
かなりハイレベルな物語だと思う。
が、それを感じさせない早い展開が堪らなく良い。

一時間事に起きる殺人に、その謎に迫るのにはすべてギリギリなのがもどかしいが、徐々に追いついていき、「火」の焼印の所ではかろうじて間に合ったのに、直接の攻撃を受けて枢機卿を助ける事が出来なかった。
私は、このシーンはかなりショックだった。目の前に助けが来たというのに、その助けが攻撃されているのを見ながら炎に包まれて死ぬ、こんな恐ろしいことがあるというのだろうか。
この時には、ヒロイン以外の相棒かと思われた刑事も簡単に殺されてしまったのもショックだった。

この時、この映画は私にとって結構怖い映画なんだ気がついた。

天使と悪魔3

それゆえにラストの「水」の枢機卿のシーンは、手に汗を握りつつ、助かった事に感動してしまった。


怪しい人はたくさんいたが・・・

天使と悪魔4


この人が↑犯人として射殺された時から、真犯人はユアンだと思った。
が、クライマックスの爆発シーンで、少しでも彼を疑った自分を恥じたと言うのに・・・・
アレが爆発してあんな程度とは思われないが、細かい事に文句をつけないのが、私流。彼にだって助かる保障はないわけで、結構そのシーンは感動したのだった。

彼の野心は、あの爆発で生還を果たした時に生まれたのではないだろうか。コンクラーベの部屋に向うその間つかの間の夢も見ただろう。が、彼の最後も恐ろしかった。
神の名はなんでも許される免罪符でもあるまいに、そんなことを思ってしまったのだった。

ラストのヴァチカンからのラングドンへプレゼントは洒落ていた。でも一ページは破られているのよね。
ヒロインの大胆さには脱帽だ。


トム・ハンクスがラングドン教授シリーズに積極的なようなことを言っていたが、ぜひともこのシリーズの第三、第四の作品を見てみたいものだとしみじみと思った。

天使と悪魔5








theme : 天使と悪魔
genre : 映画

tag : トム・ハンクス ユアン・マクレがー

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「王妃の紋章」

ouhinomonnsyou
王妃の紋章 - goo 映画


英題は「curse of golden flower」。金花の呪い。
原題は「満城尽帯黄金甲 」。満城尽く帯ぶ黄金の甲 (まんじょう ことごとくおぶ おうごんのこう)と読む。これは重陽の為に城の庭内に敷き詰められた菊の花を連想させるが、または違う彼らを暗に指しているかと思われる。
邦題は「王妃の紋章」と、英題原題に遠いような気もするが、王妃側の兵士達の菊の刺繍入りのスカーフ(?)を見ると、あまり違和感を感じない。上記の者達と同じだからだ。ただ、ラストがあんな終わりだとは思っても見なかった。

タイトルから来る物語展開のイメージって、ないだろうか。
「王妃の・・」とタイトルに付くと、どうしても視点がそちらサイドに傾いて、こんな所で終わるのかと愕然としてしまったのだった。

<ネタバレ感想です。>

あれでは負けっぱなしではないか。
薬をぶちまけて、で、どうなったのと誰かに聞きたくなってしまったのは、私だけではないと思う。


せめて王妃も次男の姿も消えて、家族が誰もいなくなってしまった高台に一人だけでずっと
座り続ける王の姿を、さらに高みから見下してやりたかった。


見終わった後にかなりショックな気持ちが続いてしまった。何にといったら、私は三男の死に様に。

この人たち、おかしいよ。
って、書いたら、何を最初から見ていたんだと言われそうだ。
王妃は継子の皇太子と不義の関係を続け、それに気が付いている王は、妻に毒を飲ませている。そしてその事を気が付いている王妃は、それでも毒を飲み続け重陽の節句の夜に謀反を起こすべく準備している・・・・

不義の相手の皇太子は、愛に溺れていると言うわけでもなく、他の女性とも情に通じている。が、その女性の父は王妃に毒を調合している医者であり、その母は王に恨みを抱く皇太子の実母で王妃の密偵だった。

こういうのを愛憎渦巻くと言うのだろう。そこに父を尊敬し母を愛する次男と、振り向いてもらえないがゆえにいい子を演じ続ける三男が絡んでくる。

おかしくないわけがない。
王は王になりたいが為に、皇太子の母の一族を罪に落としいれ、その母を切り捨てた。息子にはその母は死んだと伝えたのだった。が、王の心には自分で切り捨てたにも拘らず、その女性の事を思っていた。ゆえに寂しい王妃は不義に走ったと言う構図にならないだろうか。それなのに自分の一族を滅ぼし自分を切り捨てた王を恨んで、王妃の密偵になった皇太子の母は、王妃の味方をしたからといって、王によって命を狙われる。

原作は曹禺の代表作『雷雨』。
1910年代の天津租界。炭鉱王・周の豪邸で繰り広げられる愛憎劇で、ある雷雨の一夜にすべてが崩壊する悲劇となっている。(http://www.asiancrossing.jp/focus/2008/0415/2.html)

それをチャン・イーモウ監督が作ると、こうなるのか・・・
豪華絢爛、城も衣装も。人だけは掃いて捨てるほどいるぞを地で行った、さすが中国と妙な所で感心してしまった人海映画だった。(注:『人海映画』って何だろうと突っ込まない事)

家族の愛の大切さを説き、その儀式に五常の徳を書き綴る。王の口からは権力者らしい立派な言葉が飛び出すが、行動は違う。

重陽の夜、王妃の思惑、王の思惑とは別に、それまでは彼らにとってその存在すら、ないに等しいかのようだった三男にも思惑があった。この三男は王妃の子供ではなかったのだろうか。何か見逃したのだろうか。
愛すべき皇太子を殺してしまったのは、同じ息子。王は彼と対峙する時急所を外して、彼を刺した様に見えた。
―息子なのだし、思いがけない出来事でも、そうなるよな。
と、瞬間私はそう勘違いした。が、違かった。ベルトで嬲り殺し。
気持ちの悪い男だ。
愛する男を殺されたからって、何処かにいってしまう王妃も変な母だ。

だけど良く考えてみれば、宮廷の外では、蹴散らされた菊の花びらのように大量の死体の山なわけで、そちらに無反応なのも、私がおかしいのだろうか。でもあり得ない映像にはヤンヤと拍手を送り、ありえる映像には、打ち震える、それが人の反応と言うものなのかとも思う。
大量虐殺でありながら、戦闘シーンはやっぱり凄いよなといたく感心してしまった。

が、それよりも吃驚し凄いと思ったのは、繰り返しになってしまうが、あっという間のお片づけ!!

母の命を守りがたいが為に謀反に加担した次男に、王が下した罰は、母に毒入りの薬を今後飲ませ続ける事だった。
母殺しなどできるはずのない次男は自らの命を絶つ。
最後の薬を拒絶した王妃であっても、その先は既に見えてしまっている。

が、ここで終わってしまう。そしてまた私の繰り返し・・・
で、どうなるの・・・。

どうもならないんだ。このどうにもならないもどかしさこそが、監督からの為政に対するメッセージなのかも知れない・・・・なんてね。


どうでもいいことだけれど、どうも目が王妃や女官の胸と指先にいってしまう。
薬を飲む時の王妃の振る舞いの美しさで、余計に恐ろしさを感じてしまった。





チョウ・ユンファ
コン・リー
リウ・イエ
ジェイ・チョウ
リー・マン


theme : WOWOW/スカパーで観た映画の感想
genre : 映画

tag : チョウ・ユンファ コン・リー リウ・イエ ジェイ・チョウ リー・マン チャン・イーモウ

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ハリー・ポッターと謎のプリンス

ハリポタ2
ハリー・ポッターと謎のプリンス - goo 映画

7月20日映画館で鑑賞。

ハリー・ポッターを読んだり見たりすると、私はなぜかモンゴメリの小説を連想してしまう。幼馴染との恋の行方はどうなるのだろうと、途中でやきもきしたり、いろいろ紆余曲折はあったとしても、結局はなるようになって行く青春ロマン。
特に今回の「ハリー・ポッター」は主人公達が思春期真っ只中の為、その物語にもかなり重点が置かれていたように思う。
今までは陰に徹していたロンにもかなり光が当たっていた。それはそれで嬉しい。そうでなければ説得力がない。

ハリポタ5

またそれはドラコにも違う意味でスッポットライトが回ってきた。

ハリポタ3


そう、ちょっと前までは時間制約がある映画では仕方がないが、通りすがりの嫌味男に成り下がっていたので、彼へのスッポットライトは嬉しい。ハリーの敵はいまやドラコ如きは関係ないのかもしれないが、やはり同年代のライバル、または敵役には輝いていて欲しい。その方がドラマに厚みを感じるし、ファンタジーとしてみた場合、子供たちの目から感情移入がしやすいと思うからだ。

ただハリウッド映画を見慣れている夫がぼやく。
「青春ドラマが無駄に長くてちょっと苦痛だった。」

そりゃそうかも知れない。だって夫が若き日にモンゴメリが好きだったとは思えない。
ちょっと彼には私と違って、苦手な分野かも知れない。だけどここまで来たら諦めて、ラストの前後編の二本を見て、彼らの最後の物語を私と一緒に見届けるしかないよ。

見終わって、思わず私は思った。「ああ、続きを明日見たいわ。」
でも続きは、また来年・・・。
歳は取りたくはないが、早く来年になってほしい。

以下ささやかにネタバレ感想。

 ハリポタ4

ハリーのお相手は、不思議ちゃんではなかった。少し残念。


ハリポタ6

「シリウス・ブラックを殺してやった」と言う声で始まるダークな雰囲気は健在。
極悪三悪人の動きが速過ぎて、めまいを起こしかけた私(マジ!)
双子のお兄ちゃんのお店が楽しい。
恋するハーマイオニーは今まで出一番綺麗に感じた。
ありがちなロンのうわごとエピソードでも、私は満足。
テーマパークのアトラクションのように楽しかったロンの家の最後が悲しい。
なぜ、ダンブルドアは・・・?
最後のハリーに言った「信じよ。」と言う言葉、スネイプに言った「頼む。」は心に残った。
ちょっと考えれば分かるのに・・。ハリーの馬鹿~って言いたくなってしまったけれど、分からないから面白いのかしら。
スネイプは凄い。でもなぜプリンス。もっと意味がありそう。

これはやっぱり原作読むべきなのか・・・・。


ダンブルドアが言う。(セリフは不正確)
「今でも階段下の物置にいる小さなハリーが懐かしい。」
私も懐かしい。
魔法使い学校ホグワーツの、マイナスやプラスの点数や寮どおしの競い合いや、期待に満ちた新学期や別れの時・・・
物語は佳境。過ぎた日々は帰らない。

 ハリポタ





theme : ハリー・ポッターシリーズ
genre : 映画

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HACHI 約束の犬

HACHI 約束の犬 - goo 映画

hachi3

8月8日、映画館にて鑑賞。  そうか、ハチ月ハチ日だから、今日公開だったんだ・・・・・

小学生の頃忠犬ハチ公の物語を友達から聞いて、思わず涙した私。絶対にこの物語に涙なしでいられるわけにはいきません。ゆえに日本版の映画「ハチ公物語」は見たことがありません。

今回も映画館の予告で、リチャード・ギアが「ハチ~」と言っただけで、なんだか目がウルッと来てしまう私。本来なら映画館に足を運ぶ事もなければ、テレビで放映してもたぶん見ないかもしれません。
でも最近すっかり映画仲間になってしまった姑に誘われれば、「NO.」なんて言いませんよ~。

と言うわけで、ハンカチ二枚持って出かけてまいりました。
いきなりネタバレですが、
冒頭の子供が自分のヒーローを語るシーンで、
「僕のヒーローはおじいちゃんが飼っていた犬、ハチ公です。」と行った途端、もうウルッときてしまいました。この先の展開を知っているからであって、これはもう条件反射的なものなのかしら。
名前でアウトといったところなんですね。

短い映画なんですよ。1時間40分。
たぶん語られているハチ公物語そのままかもしれません。登場人物に過剰なドラマを付け加えるとか一切なし。
でも私的には、その時間が限界です。泣き虫である事に自覚があります。だけど泣き虫な私のマイルールは、映画館で滂沱の涙を流しても鼻をすすらないこと、ハンカチで涙を拭いても静かに泣く(当たり前ですね)。でもそれをやっていて、あまりに泣きすぎると呼吸困難になるんですよ。(「グーグーだって猫である」もそうだったのです)
だから泣くと分かっている映画は家で見るほうが好きなんです。ティッシュの箱を抱えてウエーンってね。

まあ、私にとってやっぱり「HACHI」はそういう映画でした。

リチャード・ギアは良かったです。良き夫、良き父、そして良き飼い主。とっても素敵でした。そしてワンコの演技も名演技でした。時代によって犬は違うはずなのに、違和感がありませんでした。じっと主人のいる母屋を見つめる直向きなハチの目なども印象的でした。ハチ目線の白黒映像も効果的でした。

登場人物に一人として悪人なし。
優しい映画だったと思います。

と、ここまでもかなりネタバレしていますが、以下は完全にネタバレです。
涙ポイントだったところ。
あなたと同じ所でしたか。
hachi2




リチャード・ギアが倒れてしまう日、必死になって止めようとするハチ。持って行った事のないボールを加えて追いかけるところは、そういう風に使われるアイテムだと予想はしていたのですが、罠にはまりました。予想が付いてしまったのは、ハチのラストのシーン。でもそれも予想通りであったからこそ良かったのでした。ずっとずっと待ち続けたハチは決して不幸な犬ではなかったと思います。その最後に見た夢は幸せな夢だったと思います。
可愛そうだから泣けるわけではないのですね。裏切らない心、忘れない想いに感動してしまうのです。
だから一番感動したシーンは、妻とハチの再会したシーンでした。すっかり薄汚くなってしまったハチをいとおしそうに抱く妻。
「ずっと待っていてくれたのね。次の電車まで一緒に待たせて。」
大切だった人を同じようにずっと忘れないでいる犬を、抱きしめる妻のシーンは今思い出しても、ジーンときます。

ちょっと、誘われて良かったかもしれないと思いました。

 hachi









theme : 映画館で観た映画
genre : 映画

tag : リチャード・ギア

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私の中のあなた

私の中のあなた4
私の中のあなた - goo 映画
10月21日映画館にて鑑賞。

11歳の少女アナは白血病の姉のドナーとして、遺伝子操作でこの世に誕生した。姉ケイトの命を救うべく、何度も手術台に登ってきたアナだったが、ある日「自分の体は自分で守る。」と両親を訴える。そこにはある秘密が・・・・

と言う物語。

テーマは重くても、押しつぶされそうな暗さはありません。確かにケイトの命を救うための母の献身と、アナの犠牲も当然と言う姿勢には、「凄さ」と言うものを感じました。でも家族を大切に思う心は、結局はどの子も優しい子供に育てるのだと思いました。


リアリティを追求する為にほとんどノーメイクで臨んだと言う、キャメロン・ディアスは、それでも魅力的でした。アビゲイル・ブレスリンは好演。姉ケイト役のソフィア・ヴァジリーヴァや他の役者さん達も皆良かったです。
姉ケイトの病気メイクは、不自然さがなくそちらでもリアリティを感じました。

家族のお互いの愛を感じる、優しい映画でした。

以下はネタバレ感想です。

 私の中のあなた1

結局は、人は如何に生まれてきたかは関係ないと言う事なのかなと思いました。姉の為に作られた命であっても、誕生した命は、歩み始めるのですから。

生まれた命は、その終わりのときまで生きる。
ケイトにティラーと言うボーイフレンドが出来、青春を精一杯生きている姿は、見ていても嬉しいものがありました。それは二人を見守るサラの気持ちと同じだったと思います。

「癌になれて良かった。君に会えたから。」「あたしも。」
一刹那であっても、そう思えた瞬間があったことは救いでした。

私の中のあなた3


病院のパーティに行くケイトは素敵におしゃれをして、それを写真に写しまくる母。
髪が抜けて外出したがらないケイトの為に、迷わず自分の髪をそってしまう母。
家族で海に行くシーン。
母の為にアルバムを作り、「良い人生だった。」と言うケイト。いろいろな良いシーンがありました。


癌は消えよと自分に命令する。病気は治ると思い込むなどの奇跡を信じる言葉を口々に言う、見舞いに来た親戚の激励も良かったです。

良いシーンはたくさんあったのですが、姉と妹が語り合うシーンが好きでした。
「待っていてくれる?探すの大変そうだから。」と妹
「もし迷ったら、モンタナで待っていて。」と姉。
死を語り合う姉妹の強い絆と愛を感じました。

ケイトの葬儀の時の妹の語りにもジーンと来ました。ケイトの死によって何かが変わったわけではない。ただ彼女がいなくなってしまっただけ。
でも家族は彼女との思い出を大切に、強く生きて行くのでした。

2歳からずっと病気と闘ってきたケイト。5歳で死んでも可笑しくなかったケイト。

病気の姉の為に犠牲を払ってきた妹。そして弟。献身的に支えてきた両親。でも彼らにとって命を繋いできたケイトの人生は、その後の家族の人生を支えるものになったと思いました。

 
私の中のあなた5


ところで一緒に言った友人が、母親であるサラが、バッと髪を剃るシーンを見て
「女優さんって、凄いよねぇ、と思っちゃったわ。」と言いました。

それは確かにそうなのですが、そこは本当は
「ああ、母親って凄いよねぇ。」と思って欲しいところじゃないのかなと、思いました。

そういう感覚って微妙よねぇ・・・

 私の中のあなた2

theme : 映画感想
genre : 映画

tag : キャメロン・ディアス アビゲイル・ブレスリン

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マイケル・ジャクソン THIS IS IT

マイケル・ジャクソン THIS IS IT - goo 映画
this is  it

11月4日映画館にて鑑賞

マイケルは50歳・・・
だけどこの人に年齢をカウントする事って無意味だったんだと、私は思った。彼は本当にネバーランドの住人だったんだ。

リハーサル風景のはずなのに、本当にどの歌もダンスも素晴らしくて、その完成度の高さに震える思いがした。そのメッセージ性も高かく胸に迫ってくるものがあった。

この公演をロンドンでやらせてあげたかった―それは誰もが思うことだと思う。

もちろん私は見ることは出来ないが、ジャケットが燃えたままで舞台が暗転するシーン、森の奥からの機械音だけのブルドーザー・・そしてピアノの音・・。その完成された本当の舞台が観たかった。


ダンサーなどのキャストの人たちが、彼を語る。彼と同じ舞台に立てる最高の幸せを。


・・・・・あの日、彼の死が唐突に世界中に知らされたあの日、この人たちはどんな気持ちだったのだろうと、ふと思ってしまった。
まさか・・とか、信じられないとかそんなものではないはず。まるで世界の終わりが来たような気持ちになってしまったのではないだろうか。出口のない悲しみに押しつぶされそうになってしまったのではないだろうか。練習の日々があんなに光り輝いていたのだから、やって来た闇は半端なものではないだろう。

顔を輝かせながら語る彼らの姿を見て、「良かった、映画になって良かった。」と私は繰り返し思った。歴史に名を残すのは、キングの名前だけ。
だけど最高の舞台を作るには不可欠な仲間達。その本番の日は永久に来なくなってしまった失意を埋める事は出来ないかも知れないが、映画になったことで、彼らの戦いの姿は、そのキングと共に人々の記憶の中に残ったことが救いだと思った。

なぜだか2時間、泣きっぱなしだった。今は居ない彼を思ってではない。なぜならネバーランドの住人の彼の「死」は、圧倒的なその存在感にいつしか記憶の奥に追いやられてしまっていた。キャストの気持ち、スタッフの気持ちを思って涙した部分もあったけれど、それ以外はほとんど舞台そのものに感動してしまったからだと思う。

歌もダンスも素晴らしくて感動もしたけれど、彼の人との接し方や話し方や舞台に対しての拘りにも心動くものがたくさんあった。

最後の彼の挨拶。
「大丈夫、何も心配要らない。」とみんなを励ますマイケル。
涙が止まらない。

この映画を通してマイケルのメッセージが、図らずもより多くの人に届いた事は、複雑な思いはするが、唯一の救いなのかもしれない・・・

this is it 2



theme : マイケルジャクソン
genre : 映画

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スペル

スペル - goo 映画
↑ストーリーはコチラでチェック
スペル1
11月11日11時11分のバスで待ち合わせをして、ホラー好きの友人と映画館にて鑑賞しました。

面白かったけれど・・・・、なんて言うか微妙です。
スプラッタではないホラーと聞くと、私の期待度は上がってしまいます。本来ホラーはスプラッタと言うわけではないと思うからです。血吹雪が飛ばないのに、人を怖がらせるのって結構グレードが高いものが多いですし。と言っても、どんな映画でも多少のグロさは仕方ないかな。

でもこの映画は、確かにスプラッタ的なものはありませんでした。だけど、直視できないシーンが多数。気持ちワル~
シーンの途中で消毒液でうがいしたくなる事、必至です。

ホラーにもいろいろあると思いますが、これはどちらかと言うと、おばけ屋敷を体験したような感覚。
いきなり何かが飛び出すこともなく、大音響の音楽で、「来るぞ、来るぞもうすぐ来るぞ」と、お知らせが入って、バーンと何かが飛び出すので、ホラー好きなわりに臆病な私には助かりました。

そう考えると、楽しい映画だったかも知れません。

とにかく私は学びました。大切な事は「チェック、ダブルチェックでいこう。」と。

以下はネタバレです。

スペル2


このコインは最後の伏線だったのかと、車でボタンの入っている封筒を落とした時に思いました。もうオチも分かってしまったので、なんかイライラしましたよ~。

でも想像力は違う方向に勝手に物語を進ませてしまいました。
例えば、
魔物は優しすぎる恋人の方にやってきて、ヒロインは嘆き悲しむが、すぐに立ち直って、またニコニコと次長の席に座る。怖いのは自分勝手な人間なのだというストーリー。
だからそんな物語にはならなかった事が、救いでした。

ある意味自業自得的な部分が多少はあっても、あんなに頑張ったヒロインに同情してしまいます。


この映画を最後の方まで見て、やっと気がついたのですが、オープニングの少年はジプシーの首飾りを盗んだら、そうなったと言っていました。最初、私は盗みでそこまで呪うなんて、怒りのグレードが低くて怖いなと思ったりもしたのですが、少年の母親が、返したのに受け取ってもらえなかったと言っていたので、少年は運悪く、呪いのかかったものを盗んでしまったんだと理解しました。

本当はどちらなのかはわかりませんが、迂闊に人の物を貰っては、または盗んではいけないという教訓ですね(教訓などとご大層なものはないと思いますが、一応)

アリソン・ローマン
ジャスティン・ロング(「ダイハード4.0」のハッカー青年。結構彼は好きです。)
監督  サム・ライミ

theme : 映画館で観た映画
genre : 映画

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Disney’s クリスマス・キャロル

Disney’s クリスマス・キャロル - goo 映画
公式サイトは→コチラ
クリスマスキャロル
11月16日映画館にて

字幕版を見たかったので3Dは止めておきました。3Dだと吹き替え版になってしまうので、映画館ではジム・キャリーの声で見たいと思ったからなんですが・・・。

「クリスマス・キャロル」と言う物語が好きなのは、一つ前の記事に書きました。昔、子供の頃に見た映画がとっても面白かったから、この映画を楽しみにしていたのです。
アニメと言っても俳優の実際の演技をデジタル的にとりこむ<パフォーマンス・キャプチャー>の技術を駆使し、実写に近い動きと表情。確かに奥行きは感じました。


が、終わって、私は思わず友人に「面白かった?」と聞いてしまいました。

結局は映画と言うのは、見た日のコンデションによっても感想が違うのではと、しみじみ感じてしまった作品になってしまいました。
友人は面白かったと言いました。それなのに私は時々、スクルージの顔の上に違う映像が重なってしまって焦りました。瞬間瞬間、夢を見ていたようです。こういうのを、「映画館で寝た」と言うのですよね。
「疲れていたんだね。」などと慰められましたが、面白いと思った映画で寝てしまったことなどありません。意外とショック!!

だけど本当に疲れていただけなんでしょうか。

過去の場面で、一人学校に残された少年に凍えるような孤独感を感じません。去っていく恋人の背中を見送るスクルージに切ないほどの悔いの想いを感じません。

使用人ボブの子供を愛おしく感じるスクルージは唐突です。
映像に奥行きを感じても、場面場面に奥行きがなかったのではと思いました。

物語はまったく同じ。
それなのにいったい何が私には物足りなかったのか。それともコンデションが悪すぎたのか、それは分からない事です。
ただ、gooの解説には、
「ロンドンが大不況にみまわれた1843年に出版されたチャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」は、絶望の日々を送っていた当時の市民たちに希望の光を灯し、今なお世界中で愛され続けている“世界で最も有名な”クリスマス・ストーリー。」とあります。この映画を今の時代に公開する意味はあるのかもしれませんが、見た人々に希望の光を与えるかは疑問が残る所です。

見所は、ジム・キャリーの七役。ゲイリー・オールドマンも三役はやっています。
ちなみに私は現在の精霊がお気に入りです。

≪追記:どうもこれ、3Dで見なかったことが敗因みたいです。3Dの飛び出し具合は凄いらしいですね。そんな話を漏れ聞くと、ああ、未来の入り口に立っているんだなあ、と思います。今年を堺に映画はどんどん変わって行くかもしれませんね。
でも、技術中心に行ってしまい画面に奥行きあり、物語は薄っぺらなんて事が起きないでもらいたいと、心から、そう思います。≫


 クリスマスキャロル2

theme : 映画館で観た映画
genre : 映画

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2012

2012 - goo 映画
20121

11月25日映画館にて

なんて言うか、凄いですよ~!!
ロサンゼルス崩壊シーン。もうここだけ、何も考えずに楽しみましょう。
あまりの凄さに、目が追いつかない。視界に入っているのに、あまりの速さに脳が認識できなくて、見切れてない部分が多数ありそうで、勿体無いと思ってしまいました。

た、助かるわきゃないわな~、あんなんじゃ。
何で彼らだけ?
そりゃ、主役だからさ。

あるところまで行って、ちょっと一息ついたとき、思わず
「フフフ」と笑いが込み上げてきてしまいました。

主役である事=最強の運

それがここまであからさまに描かれている映画を、見た事がないかも知れませんが、その辺の物語展開までは期待してこなかったので、良しとしましょう。
この映画を観に行く前に、別ブログに書いたこと、
>世界崩壊の予言と言うテーマは、怪しいのが多い。でもジョン・キューザックなら許せるかも。
まさにそんな映画だったような気がします。

でも私はこの先この映画をテレビなどでやったら、喜んでまた見ると思います。前半はウキウキと後半はウタタネして。

この映画はネタバレなしで、このぐらいで留めておこうかなと思います。

ただ見ていたときに、ふと「ディープ・インパクト」なんかを連想してしまいました。黒人の大統領、地球存続の危機、その時人々は・・・と言うキィワードに連想させるものがあったからなのかも知れません。でも滂沱の涙を流した「ディープ・・」に比べてこちらは、涙は不要。政府の対応も180度違います。貢献した者への対応もまったく違って描かれています。願望と現実、政府の対応に関しては、そんな開きを感じました。

映画が終わった後、映画館の明かりがつくまで誰も席を立たなかった「ディープ・インパクト」。終わった途端に、エンドロールを尻目に半数が席を立ってしまったこの映画。もちろん比べる必要はないのですが、思ってしまったものは仕方がないというところです。

ネタバレなしと書きましたが、特に一人の男性と、一人の女性がとっても気の毒に感じたとメモとして書かせてくださいね。

20122

20123

theme : 映画館で観た映画
genre : 映画

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「ゴーン・ガール」

ゴーン・ガール
監督 デビッド・フィンチャー
ベン・アフレック/ロザムンド・パイク/ニール・パトリック・ハリス/キャリー・クーン

脚本は原作者でもあるギリアン・フリンが担当。

作者が脚本を担当って良いのでは。だからなのかは分かりませんが、細部にわたってモレがないと言う感じで長時間サスペンスで展開も予想外に進む物語ながら、非常に分かりやすいと思いました。

原作の事は知らなかったのですが、デビット・フィンチャーが監督のサスペンスなら、ラストに「やーやー解決して良かったな。温かい気持ちになったわ。」ってなことにはならない事は十分承知で見てきました。いや、むしろそこを期待してたかも。

先日、監督自身が言っていた〈たぶん〉
「サスペンスで始まりスリラーになり、教訓で終わる。」はとても印象に残る言葉だったのですが、
見終わった後、私は思いました。

「教訓!?」
「どこが?」

「結婚は人生の墓場」とかいう言葉もあるけれど、それは「結婚」がではなくて、「ある人の結婚は」と言うのが正しい言い方だと思うのです。
でも彼らの結婚は、墓場ではなくその先の「地獄」だなと、私は思いました。


だけれどこの作品、そのような真面目に向き合うような感想はさておいて、サスペンスとして見た場合、すごっく面白いです。
えっ、もう、そっち行っちゃうの?
えっ、そんな事が起きちゃうわけ?
えっ、この流れか~。
この人、やばくない?
えっ、ドキドキするジャン、この人危ないよ~。

まったく飽きない展開です。

それでもちょっとサービスが良すぎてやっぱり長さが気になったのかそれとも話の濃さに耐えきれなかったのか、もう後ろのおっさんの溜め息がうるさかったです。

私、言ってやりたかったです。
「大丈夫ですよ。ほとんどのうちの奥さんは、こんな風には失踪しませんから。そんな美貌も才覚もないしさ。」


だけれど私、エイミーのノートのある部分には、ほんのちょっとだけ「分かるな」と言う部分があって、サスペンスと言えどもなかなか奥深く感じたのでした。

だからと言って、それが「教訓」の部分かと言うわけでもないのですが、今回ネタバレなしで書いているので、「分かるな」と書いても、何を言ってるのかさっぱり分からない文を書いて終わりです。

でも後で自分で読み返した時に、きっとすっかり忘れて自分自身が何を言いたかったのかも思い出せないと嫌なので、思ったことのメモを残しておきます。
―本来なら「高め合う」と言われる関係。それは偽りを愛するのとは違う。

なんでこんな感想を書いてしまったのか自分でも分かりませんが、思ったことを書くとこうなってしまったのです。

でもこの作品は間違ってもそのようなドラマではなくて、あくまでもサスペンスですよ。
失踪したエイミーの夫のニックには時々イラッとしたりしましたが、ずっと彼を支える妹のマーゴの存在にはホッとする物がありました。やっぱり一人でも味方がいるのは救いだなと思いました。



〈久しぶりに、こちらで映画の感想を書いたらグダグダになってしまいましたが、映画はスッキリ完成度が高いです。〉




theme : 映画館で観た映画
genre : 映画

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ホビット 決戦のゆくえ



とうとう三部作の終わり。
12月25日に観てきました。

感想を書こうと物語のあのシーンこのシーンと思い出していたら、涙が次から次へと溢れてしまいました。。
もちろん映画館でも旅のたどり着いた先のその物語に胸が一杯になりました。でも家に帰って来てまで、その物語に涙するなんて。

このような余韻を残す物語は大好きです。

そしてこれで彼らとお別れなんだと思うと、寂しくてなりません。

目的の場所に辿り着いた後の最終章なので、場所的には大きな動きがないのが寂しくても、そこは仕方がないことだと思います。でもそこを埋めるのは、やはりスケールの大きな戦闘シーンかもしれません。

この物語は、愛にあふれていたと思いました。

「愛がこんなにつらいなら、愛なんていらない。」
「辛いのはその愛が本物だからだ。」

またその戦闘シーンにすら、その愛は現れていたなと感じたのでした。

ちなみに「ホビット」は、このブログには危険な存在です。なぜなら私はこのようなファンタジー&冒険譚が大好きで、しかも故郷を失ってしまったという内容になぜか勝手に日本のとある地方の人たちが重なり心の中がいっぱいになってしまうのです。そして何も書けなくなるー。
普通にブログを書き続けていた2012年はこの映画からレビューが止まり、その先ずっとこのブログは休眠してしまいました。

そしてこれではちょっとなと思い直して復活させた2014年もまた、この映画の2月公開の2部でで再び止まってしまったのでした。
それってなんでなんだろう。
やっぱりさっぱりわからないなと思いつつ、

以下はネタバレ感想です。

hobbit-14192.jpg


いきなりラストからですが、ホビット庄に帰ってきたビルボの家が、彼が死んだと思われて家財がオークションに掛けられていたシーンはびっくりしましたが、上手いなと思いました。
綺麗に整っていたビルボの部屋は乱暴に家財道具が外に運び出されて空っぽ。まるで彼自信の心の中のようなのだと思ったからです。
111歳以上の人生を生きたビルボにとって、ドアーフたちと旅をしたのは1年半の短い間かもしれませんが、その旅が彼の人生を変えてしまったのかもしれません。
その冒険の熱き想いを知ってしまった後にはまったく同じようには戻れないのですよね。
ましてや彼は今では指輪の持ち主。
世界の片隅でひっそりと生きながら、知らず知らずのうちにいわば指輪の隠し場所というミッションを背負わされてしまったようなものなのではないでしょうか。

家に入る前に、自分が自分である証にドワーフとした契約書を差出、そこでトーリン・オーケンシールドの名前が出た時、凄く悲しくなりました。

あの時わけも分からずにドワーフたちがワイワイやって来て、勝手に飲めや歌えやと楽しんで、そして旅が始まったのでした。その旅の終わりがこのような悲しい別れになるなんて。


原作には登場しないエルフの女性タウリエルとキーリの愛の物語には、本当に切なくなりました。
原作は未読です。キーリは戦死する運命だったらしいのですが、その死に美しい花を供える事が出来たと思います。
イケメン担当だったキーリ。
オークの弓の毒で生死の境を彷徨い生還した彼なので、まさか彼に死が訪れるとは思っていませんでした。

なのでかなりショックだったのですが、まさかトーリンまでも!!!

竜の毒にやられて、金に異常に固執してしまったトーリン。これでもかと言うぐらいしつこく病んでいたけれど〈ちょっとイライラするぐらい〉仲間たちの言葉に助けられて自ら立ち直り、オークとの戦いの場にうち出るところは本当にかっこ良かったですね。

ガンダルフが
「王が戻ってきた。」と言った時、嬉しかったです。

彼の最後の戦いは、自分の身を切らせて相手を撃つと言う感じでしたね。


最終章なので、みなそれぞれに終わりがあるのですよね。
大切に想っている人を、全力で守りきろうとするエルフの王子レゴラスは、やっぱり最初から最後まで美しかったです。

美しいけれどかなり嫌なやつと描かれているエルフ王のスランドゥイルもアレはあれで良かったのかなと、なんとなく思えました。

気になったのは森の奥方、ガラドリエル。
彼女って夫がいるんですね。原作の解説などを読んでいるとそれが分かったのですが、なんかこの映画の物語の中ではガンダルフと気持ちが通じ合っているような気がしてしまったのですが、あれは友情と言う愛だったのでしょうか。


とにかくこの映画を見るともう一度「ロード・オブ・ザ・リング」が見たくなります。

いろいろ繋がっていくのも面白いですね。


だけれどこの人たちの物語の続きは出てこないですよね。

冒頭から手に汗を握りました。
谷間の国の領主ギリオンの子孫であるバルトが、邪悪なる竜を射止める事はそれ以外にはありえないと思ってしまうわけですが、それでも燃え盛る火の街の中で戦うシーンはハラハラしたしかっこ良かったです。


これで終わりかと思うと寂しすぎるので、来年は原作に手を出してその寂しさを埋めたいななどと考えている私です。





theme : 映画館で観た映画
genre : 映画

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ベイマックス

20150117index.jpg

1月14日横浜ブルク13にて鑑賞。

これ、いっぱい笑った!
そしていっぱい泣いたんだ。

ベイマックスは本当に可愛いよ。
そして癒される。

ポヨヨン ポヨヨンと言うあのお腹にも、なんか共鳴するものが……って、そこは(涙)。

349726_002.jpg

時間の都合で、2Dの吹替え版で見ましたが、主人公が日本人の少年と言うことで、全く違和感がなかったです。むしろこの映画は吹き替え版で見た方が良いんじゃないかと思ったくらいです。

舞台はサンフランソウキョウと言う架空の街。

だけれど、街並みはもろに日本と言う感じがしてワクワク感がとまりません。
思わずディズニー映画に、
日本の少年を主人公の物語を選んでくれて「ありがとーーー!!」と言いたくなりました♪


街並みも素晴らしいけれど、ヒロの黒髪が素敵です。
顔を見れば「ああ、アニメだな。」と思いますが、それでもいろいろな所で、今更ながら「今どきのアニメは凄すぎる。」って思ってしまったのでした。

それから「ロボット」と言うと、世界はやはり日本の事を連想してくれるんでしょうか。
「リアル・スティール」もそうだし「パシフィック・リム」もそうでした。

それってなんだか嬉しく感じるのですよねぇ。

そして日本のヒーローって言ったら・・・・・

以下はネタバレ感想です。

349726_004.jpg

赤や黄色やピンクの何とかレンジャー、言うなれば戦隊もの。

これって日本ならではのものなんじゃないかなって思いました。

「6レンジャーで、やっぱりベイマックスは主役の赤なのね。」と私が言ったら、一緒に行った息子が
「5人+巨大ロボットじゃん。」と訂正が入りました。

そんな事はどうでも良い事なのですがと書こうして、ふと、思い立って検索してみました。

私たちは、この映画、何にも知識なく見たのです。
なんか先にいろいろ見ちゃうと、どんなに遠回しでも分かりすぎちゃうことが多いからなんです。

検索してみて、やっぱり私の感じ方はあながち間違いと言うわけではなかったなと思いました。

この映画は、原作が「Big Hero 6(ビッグ・ヒーロー・シックス)」
だってベイマックス、巨大ロボットと言うよりは、かなり擬人化されてますものね。

50117images.jpg

どちらにしても「色」はやっぱり大切な所ですよね。
って、やっぱし、そこどうでも良いか?

とにかく技は持っていても、そんなに強いとは思えない彼らの戦いっぷりは面白かったです。
でもそれでもベイマックスの魅力は半端ないです。

この映画も優しい映画だと思いました。
大参事があったのに、人があまり死なないからです。
でも「あまり」であって、「誰も」と書けないところが悲しい。

だから
ただ彼〈タダシ〉の死がなければ、あのヒーローたちは誕生せず、多くの人の命を守れたかどうかは分からない事だ。無駄な死ではなかったのだ、と、そのように書いて気持ちを納めないわけにはいきません。

アビゲイルが助かった時、キャラハンはその体に縋り付いて喜びをあらわにするのかと思ったら、そういうシーンにはなりませんでした。
本当は名前を呼んだり、その体を抱きしめたりしたかったのに違いありません。

でもそうはならなかった。

それこそが、自分の悲しみばかりの囚われて、他者の命やその想いを顧みなかったキャラハンへの制裁なんだと思えたのでした。

この映画、癒しのシーンや笑いのシーン、涙の感動のシーンがたくさんあったために、まさかベイマックスとの別れのシーンが来ようとは、全く思いもよらない事でした。

思わず滂沱の涙(ノД`)・゜・。

「ベイマックス、もう大丈夫だよ。」
がこんなに悲しいセリフになるなんて・・・・・・・・。


でもラストはー。

心が本当に暖かくなる映画で、幸せな気持ちになれました。


349726_001.jpg

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kiriyです。
映画はジャンル問わずで大好きです♪
だけど、ブログはゆっくりマイペースで更新中。

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