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「カポーティ 」

カポーティ - goo 映画


カーポティスターチャンネルにて

以前から見たかったのに、見逃していた映画をようやく見ることが出来た。
ずっと見たいと思っていると、見ることが出来ただけで満足できてしまう場合と、期待が膨らみすぎて思っていた以上のものに感じない場合があるかもしれない。

どちらかと言うと、この映画は前者。

第78回アカデミー賞主演男優賞、受賞作。
フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が光る。ホモでアル中、特徴ある話し方に仕草に、どんどん映画の中に引きずり込まれていく。


余談だが、トルーマン・カポーティと聞くと、やっぱり「ティファニーで朝食を」なんかを思い浮かべてしまう。映画を見ずに原作を読み、自由人のホリーに強い憧れを抱いたものだった。日本と違う文化に驚きを感じながら、表札の「トラベリング」にまねをしたい衝動に駆られていた。
その後に見た映画には、オードリーや音楽の美しさは際立ってはいたが、甘いラブストーリーで、特にラストが思いっきり違っていて、私的にはがっかりだった。昔はそういう映画が万人受けしたに違いない。

「冷血」は、そのトルーマン・カポーティが一家惨殺の犯人に丁寧にインタビューを繰り返し書き上げた作品で、評価も高く、若い頃には「いつか読もうリスト」に入っていたように思うが、結局未読。でもその作品に興味があったことは確かなのだが、内容が重そうだという事で、無意識に避けていたのかもしれない。

ただ若いときの私は、
>トルーマン・カポーティが一家惨殺の犯人に丁寧にインタビューを繰り返し書き上げた
と言うイメージが、もっとドライなもののような気がしていた。この映画を見てそれが大きな誤解だったことに知ったのだった。


人の人生に食い込むことは難しい。そう言ってしまえば元も子もないが、自分の生い立ちと重ね合わせ、ひとつの家に入り自分は表から外に出てペリーは裏口から出たと例えるカポーティは、犯人のペリーに通じるものを感じる。だからと言って彼らの犯行に同情するわけではもちろんなく、彼の目的は話を聞きだして本を完成することにある。
いくつもの気持ちが、自らの心の中で交錯し、苦悩し彼を追い詰めていく。

溺れる者は藁をつかむ。
彼らに興味を持ち近づいてきたカポーティに、ペリーは自分を助けてくれるものとすがるのだ。本を利用して、自分が心神耗弱の者だと訴えられないかとか、新しい弁護士を探してくれとカポーティを苦しめる。それらを巧くと言うか、ずるく交わしながら、それでも彼らは「友」と言う名前で縛られていく。

優しげに近づき話を聞き理解しようと耳を傾ける者が、すなわち味方であるとは限らない。やってしまった犯罪は、生い立ちなどでは埋められない凶悪なものなのだ。ペリーの思いは愚かな自分勝手なものに感じた。
愛しながら利用する、それはないというカポーティだが、笑いながらつけたタイトル「冷血」をペリーには明かさず、まだ何も書いていないといいながら、裁判の終結と実行によって、小説の完成を望んでいる。見ている者は、その矛盾の渦に巻き込まれていってしまう。

軽口、酒、電話・・
そんな彼の重要アイテム。


軽愚痴、ケーキ、長電話・・
アッ、似てる。どうでもいいか、私の事なんか。


この映画は、先月観たのではなかったかな。感想を書きたいなと思いながらテレビをつけたら、またこの映画が放映されていた。奇妙な偶然だが、そんなことはしばしばあるので気にしない。なんたって、世界はあたしを中心に回っているんだから・・・なんてことは思わないが、ありがたくまた観たのだった。
映画の感想は一度目に観た時に、その印象を大事にして書きたいものだと思っている。だけど、それはどうなんだろうと、その時思ったのだった。映像はあっという間に、ゆっくり流れる川の流れのように過ぎていってしまうもの。その時どれだけの物を、私は見逃しているのだろう。

ペリーの絞首刑の最後の言葉。
家族が来ていないことを知ったペリーは
「じゃあ、伝えてくれ・・・。
・・・、何が言いたかったのか忘れてしまった。」と言って、しばしの無言がある。

私は最初に見たときに、その感想を、
「何も考えずに、生きてしまったのだ。忘れてしまったのではなく、何もなかったのだ。」と思ったのだった。

でも、二度目に観た時に気が付いたのだった。これは前の方に伏線があったのだ。
ペリーの日記の中で、彼が何かで賞を受けるときのスピーチと言うものが出てきていた。
「何が言いたかったのかを忘れてしまった。この変えがたき経験を光栄に~。」

彼は偶然か皮肉か、または分かっていて言ったのかもしれない。しばしの無言が意味のあるものに変わって見えたのだった。

「彼らを助けることが出来なかった。」
「助けたくなかったのよ。」

彼のよき理解者ネルは言った。


「冷血」と言う映画を一緒に観ると、よく分かるような気がする。
「冷血」の感想は→コチラ


theme : 映画感想
genre : 映画

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映画『カポーティ』

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「カポーティ」

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カポーティ

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comment

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コメ&TBありがとうございます。

「ティファニーで朝食を」は、マリリンをイメージして書かれたらしいので、オードリー主演になってカポーティは怒ったそうで。
マリリンだったら、ラストは変えなかったのでしょうね。

私は、特徴のある人物を上手に真似る演技って、あんまり好きじゃないんですよ。うまいんでしょうけど、あざとい気がして。

ボー様

こんばんは~☆
なるほどですよ。「ティファニーで朝食を」はマリリンの方が原作に近いような気がします。彼女をイメージして、最初から書かれていたのだったら、当然ですね。

>特徴のある人物を上手に真似る演技って
やっぱり、ホフマンはカポーティのマネをしていたんでしょうね。ボーさんもいってらしたけれど、私も、元を知らないのでどれだけ似ているのかは分かりません。ただ、私は外人のゲイの人の話し方って、あんななのかなと分かりやすかったのですよ。日本のオネエコトバみたいな感じがして。(女子高校生に気持ち悪がられていましたね。)
実在の人物を演じるのって難しいですよね。あまりに自分を出しすぎてもいけないし・・。
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