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「SUMMER OF 84」

サマー・オブ・84

「連続殺人鬼も誰かの隣人だ。」

確かに。

主人公の少年が、静かに新聞の配達のバイトをしながら、郊外の静かな街並みを走りぬいていくオープニングとラストが良い感じだ。

嵐の前と嵐の後・・・・。

だけどポスターの「トラウマ級の戦慄の結末」にはならなかったな。

他にみなさんのレビューなどを読むと、ラストの事は、本当に驚き怖かったと書いてあるので、否定出来る事ではないが、なんせ「クリミナル・マインド」などを見続けてきてしまったせいもあるのか、そこまでは驚かない。

それよか、おばさんは言葉の勉強だ。

「ジュブナイル」・・・・【本来の意味は「少年期」であり、juvenile novel あるいは juvenile fiction といった表現でジャンルを意味するが、日本では略して「ジュブナイル」だけで、児童あるいはヤングアダルト向けジャンルの呼称として使われている。】ウキィペデイアより

「スラッシャー映画」・・・・・【ホラー映画のサブジャンルのうち、サイコパスの殺人鬼が集団をつけ狙い刃物で殺害する内容のものを指す。】

ポスターには無いが、この映画の説明に「スタンド・バイ・ミー」のナンチャラカンチャラと書いてあったのだけれど、確かに、そんなイメージもなくはなかったが、こちらは甘く切なく感じる少年期の夏の想い出と言うものではなかった。

最初は確かに少年探偵団のような楽しさもあり、隣のお姉さんとのちょっとニヤニヤできる青春の甘さもありなんだけれど、だけど正直に言えば、そこはちょっと退屈でもありと言う所なんだけれども、やっぱりこの映画は、ラスト20分ぐらいでランクを一つ上げたかもしれないと、今思い返してみると、そう感じたのだった。

《劇場公開日 2019年8月》

画像の下はネタバレ感想です。


サマー・オブ・84の2


確かに、ディビーの一番の親友であったウッディが殺されるなんて思ってもみなかったので、かなりショックだった。精神的に不安定な母親が彼には居て、彼が「母を一人置いて死ぬわけにはいかない。」と最後に言っていたのに、容赦がなかった。

確かに、ファラディは一番肝心な時に、見たままの事を信じて、自分の信じたことから「見張り」という役割を放棄し、こともあろうか、イーツまで止める方に引き込んでしまった。

どんなに殺人鬼と思っていた警官マッキーが、実は無実な人だったと思っても、今友だちたちはどのような状況にいて、その時見張りを放棄したら、どんな窮地に陥るのか考えてみる事もない。要するに友人には値しない、そのうち放れていくような人物であったに他ならない。だけどそう思えるのは、大人になってからだと思う。

もしも彼ら二人が、マッキーが本当に殺人鬼であったことを知り、その日のうちに悔いて謝りに訪れて、みな彼の家に泊まり込んでいたら、相手は四人だったので、あのような悲劇は起きなかったのかも知れない。

だいたい、ディビーとかなり体重過多のウッディを薬で眠らせたからと言って、二人を車に運ぶだなんて至難の業だ。それをやっている最中、親は起きなかったのだろうか。

「いつか必ず殺しに又訪れる。それまで震えて生きろ。」と逆切れな言葉を残して消えたマッキーとのシーンより、その後の街を冒頭のように自転車を走らせていくディビーのシーンの方が心に残る。

仲の良かった少年時代の友人たちとは、いつしか思考・生活環境の違いなどで離れていくことが多い。ずっと変わらずになどと言う事はほとんどない事だ。ディビーにとって、彼らとの別れが1984年の夏に来たのだと思うと、やはりそれは切ない物語だったなと感じたのだった。



tag : テレビで見た映画 wowow 洋画 2021年に見た映画 2月に見た映画 サスペンス

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