スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
line

「臨死ーTHE INVISIBLE」

「臨死ーTHE INVISIBLE」HP
   rinnsi
10月31日 スターチャンネルにて

11月は家で静かに、ケーブルテレビなどで映画を見ています。単館系で知らなかったもの、見逃してしまったものなど結構ありますね。
中には未公開だったものなんていうのも観ることが出来たりします。

この映画は、そんな未公開映画だったのだと思います。

タイトルからホラーと思ってしまうと、ちょっとがっかりするのではないかと思います。
この映画の謳い文句は

「シックス・センス」の製作スタッフが仕掛ける衝撃のサスペンス・スリラー

なんですが、売り方はいろいろだなあと言うのが正直な感想です。製作スタッフと言うのはどの変の方が参加しているんだろうと、不思議に思うところですが映像は綺麗です。

解説の方が「青春映画」と言う言葉を使っていましたが、そう思ってみるとなかなかいいお話です。

確かにタイトルに「臨死」とあるので、主人公の青年が体から離れてしまっていることを明かしても、ネタバレにはならないと思いますが、そのように幽体離脱をしている青年が出てきても、スリラーには思えません。
原題の「THE INVISIBLE」には見えないものになってしまったという、死者の無力さ、無念さが込められているように感じました。幽体離脱している彼には何の力もなく、どんな声も通じません。
その声を唯一受け止めてあげることが出来たのは誰だったのか、と言う所がポイントなのですが、それはなぜなのかは描かれてはいなく、説得力がないのが残念です。

だからこの映画は、生きてきた環境や運命で、不良グループの悪として生きている少女の、変わりたいという足掻き、才能・家庭環境に恵まれながら、母親との気持ちの擦れ違いに苦しむ青年の成長の物語なのだと思います。

そして何の力のなくなってしまった青年が、如何に自分の体を取り戻し再生していくのかと言うサスペンスです。

その最後は、ちょっと切なかったです。

切なさゆえに、余韻が残りました。


他の見所は、「ミスト」のマルシア・ゲイ・ハーデンが、青年の母親役ををしているところ。
主人公の青年は、かなりイケメンでいい感じです。彼は、ジャスティン・チャットウィン。「宇宙戦争」でトム・クルーズの息子を演じていた青年です。

彼って、「ドラゴンボール」の悟空!?
へぇ、凄いなと思う反面、あの映画ってどうなんだろう・・・、・・・・・

スポンサーサイト

theme : 日本未公開映画
genre : 映画

tag : マルシア・ゲイ・ハーデン ジャスティン・チャットウィン

line

1408号室

1408号室 - goo 映画

1408

11月26日映画館にて

 困ったことにスプラッタ嫌いのホラー好き。近頃スプラッタとホラーはイコールではないけれど、かなり近似値。映画館に行っても片目で見たり指の間から見たりで、忙しい。そんな私が大画面を直視してずっと見続けることが出来た、スプラッタなしホラー。

ホラーと言うジャンルだけを確認して(最近紛らわしいから)、リサーチなし前評判も見ないで、見に行きました。帰ってきてからサイトで確認したらスティーブン・キング原作だった。どおりで恐怖が綺麗だわ。と、訳の分からない事言っても通用しないか。

 これを言うとネタバレになってしまうけれど、この映画に「なぜ」と言う部分はなし。でも、これは言ってもいいんじゃないかなと思う部分だ。なぜなら、私はずっとその「なぜ」を探して肩透かしを食ったから。

 それで思い出したのだが、日本のホラー、例えば「リング」がハリウッドで受けたのは、ホラーにサスペンスがミックスされていたからだと言う。日本人的な感覚で言うと、「なぜ」はすなわち因果と言う事で、当然の部分だ。それがないとホラーのほとんどは成り立たない。「邪悪」そのもののサ○コ(怖くて名前もかけない)でさえ、その謎をとこうとする因果の因の部分を探るという部分は外せない要素だった。

この映画にはその因がない。「邪悪なるもの」と言うのがそのものの正体のようだ。
悪魔が存在する国の原点のような、ホラーだ。

ちなみに私のホラーNO1は古くは「四谷怪談」だが、現代物では「リング」。なぜなら、因果の因を解き明かしてもその先のたたりは消えない。それは最初からある邪悪が根源だからだ。そう考えると「リング」は日本発信の外国的ホラーだったのだろうか。

1408はあわせると13になる。

いかにも原点。

心霊的なものまたは神も信じない男マイク・エンズリンは幽霊ホテルのルポをして本を書いている。その男が1408号室で心霊現象を体験し考えを変えざるを得ない恐怖の様子はごく自然で頷ける。一体どんな風に、お約束の恐怖体験は始まるのかと思ったが、突然の音楽や時計は効果的。舞台もその大半がその一室である。数人の登場人物、または亡者達が登場するが、やはりジョン・キューザックの独り舞台だ。

ホラーの恐怖は、自分の中の想像力による所がある。深読みしすぎて、過剰な恐怖に怯えてしまった。冷静になってみるとそんなに怖くはなかったかなと思って家に帰ったが、ふと真夜中目が覚めた私に映画のシーンがフラッシュバックして繰り返す。

スティーブン・キングの作品はどうしてこうも神経を逆撫ぜするのだろう。

ところでこの映画の途中で、マイクが絵を見ているときだったか、後ろの扉のガラス戸に一瞬何かが写る。あれってなんだったのだろう・・・。(気になった方いませんか?)


以下ネタバレ感想↓

more...

theme : ホラー
genre : 映画

tag : スティーブン・キング ジョン・キューザック

line

「カポーティ 」

カポーティ - goo 映画


カーポティスターチャンネルにて

以前から見たかったのに、見逃していた映画をようやく見ることが出来た。
ずっと見たいと思っていると、見ることが出来ただけで満足できてしまう場合と、期待が膨らみすぎて思っていた以上のものに感じない場合があるかもしれない。

どちらかと言うと、この映画は前者。

第78回アカデミー賞主演男優賞、受賞作。
フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が光る。ホモでアル中、特徴ある話し方に仕草に、どんどん映画の中に引きずり込まれていく。


余談だが、トルーマン・カポーティと聞くと、やっぱり「ティファニーで朝食を」なんかを思い浮かべてしまう。映画を見ずに原作を読み、自由人のホリーに強い憧れを抱いたものだった。日本と違う文化に驚きを感じながら、表札の「トラベリング」にまねをしたい衝動に駆られていた。
その後に見た映画には、オードリーや音楽の美しさは際立ってはいたが、甘いラブストーリーで、特にラストが思いっきり違っていて、私的にはがっかりだった。昔はそういう映画が万人受けしたに違いない。

「冷血」は、そのトルーマン・カポーティが一家惨殺の犯人に丁寧にインタビューを繰り返し書き上げた作品で、評価も高く、若い頃には「いつか読もうリスト」に入っていたように思うが、結局未読。でもその作品に興味があったことは確かなのだが、内容が重そうだという事で、無意識に避けていたのかもしれない。

ただ若いときの私は、
>トルーマン・カポーティが一家惨殺の犯人に丁寧にインタビューを繰り返し書き上げた
と言うイメージが、もっとドライなもののような気がしていた。この映画を見てそれが大きな誤解だったことに知ったのだった。


人の人生に食い込むことは難しい。そう言ってしまえば元も子もないが、自分の生い立ちと重ね合わせ、ひとつの家に入り自分は表から外に出てペリーは裏口から出たと例えるカポーティは、犯人のペリーに通じるものを感じる。だからと言って彼らの犯行に同情するわけではもちろんなく、彼の目的は話を聞きだして本を完成することにある。
いくつもの気持ちが、自らの心の中で交錯し、苦悩し彼を追い詰めていく。

溺れる者は藁をつかむ。
彼らに興味を持ち近づいてきたカポーティに、ペリーは自分を助けてくれるものとすがるのだ。本を利用して、自分が心神耗弱の者だと訴えられないかとか、新しい弁護士を探してくれとカポーティを苦しめる。それらを巧くと言うか、ずるく交わしながら、それでも彼らは「友」と言う名前で縛られていく。

優しげに近づき話を聞き理解しようと耳を傾ける者が、すなわち味方であるとは限らない。やってしまった犯罪は、生い立ちなどでは埋められない凶悪なものなのだ。ペリーの思いは愚かな自分勝手なものに感じた。
愛しながら利用する、それはないというカポーティだが、笑いながらつけたタイトル「冷血」をペリーには明かさず、まだ何も書いていないといいながら、裁判の終結と実行によって、小説の完成を望んでいる。見ている者は、その矛盾の渦に巻き込まれていってしまう。

軽口、酒、電話・・
そんな彼の重要アイテム。


軽愚痴、ケーキ、長電話・・
アッ、似てる。どうでもいいか、私の事なんか。


この映画は、先月観たのではなかったかな。感想を書きたいなと思いながらテレビをつけたら、またこの映画が放映されていた。奇妙な偶然だが、そんなことはしばしばあるので気にしない。なんたって、世界はあたしを中心に回っているんだから・・・なんてことは思わないが、ありがたくまた観たのだった。
映画の感想は一度目に観た時に、その印象を大事にして書きたいものだと思っている。だけど、それはどうなんだろうと、その時思ったのだった。映像はあっという間に、ゆっくり流れる川の流れのように過ぎていってしまうもの。その時どれだけの物を、私は見逃しているのだろう。

ペリーの絞首刑の最後の言葉。
家族が来ていないことを知ったペリーは
「じゃあ、伝えてくれ・・・。
・・・、何が言いたかったのか忘れてしまった。」と言って、しばしの無言がある。

私は最初に見たときに、その感想を、
「何も考えずに、生きてしまったのだ。忘れてしまったのではなく、何もなかったのだ。」と思ったのだった。

でも、二度目に観た時に気が付いたのだった。これは前の方に伏線があったのだ。
ペリーの日記の中で、彼が何かで賞を受けるときのスピーチと言うものが出てきていた。
「何が言いたかったのかを忘れてしまった。この変えがたき経験を光栄に~。」

彼は偶然か皮肉か、または分かっていて言ったのかもしれない。しばしの無言が意味のあるものに変わって見えたのだった。

「彼らを助けることが出来なかった。」
「助けたくなかったのよ。」

彼のよき理解者ネルは言った。


「冷血」と言う映画を一緒に観ると、よく分かるような気がする。
「冷血」の感想は→コチラ


theme : 映画感想
genre : 映画

line
line

line
星が見える名言集100
line
エコライフ

powered by ブログパーツファクトリー
line
プロフィール

nanatakasou

Author:nanatakasou
kiriyです。
映画はジャンル問わずで大好きです♪
だけど、ブログはゆっくりマイペースで更新中。

line
最近の記事
line
最近のコメント
line
最近のトラックバック
line
月別アーカイブ
line
カテゴリー
line
ブログ内検索
line
RSSフィード
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QRコード
line
FC2カウンター
line
sub_line
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。