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「それでも僕はやってない」

e2b891bf.jpgそれでもボクはやってない - goo 映画


テレビにて。


 一瞬のとんでもない誤解が、その後の人生の膨大な時間を潰してしまう。だけどその先にあるものはなんだろう。なんと言う無駄な時間だろう。恐ろしい事だ。


 それにしても裁判にいたるまでのなんと事務的過ぎる事か。拘留中の人たちは犯人とは決まっていない未決の人たちなのだが、ひとたび逮捕されてしまったら、昨日までの自由な生活のようにはいかない。きちんと人の話を聞いてくれる人もいない。
人の人生が決まる場所ならば、そんなに事務的にではなく心のある場所であって欲しいと思う。

 なんだかドラマとは違った日本の司法の裏側が分かるような映画だった。見ていると、取調室には録音テープが必要だし、自白調書も、思わず自分で書きますとパソコンをひったくりたくなってしまう。

最後の主人公の心の声が印象的だった。

―僕には裁く事ができる。裁判官、あなたは間違いを犯した。





 だけど、「痴漢冤罪事件」が起きると言う事は、ようやく「痴漢」が犯罪になる時代になったからと言う事も忘れてはいけない事なのだと思う。女性弁護士が言った、
「ようやくここまで来たのに。」と言う意味も忘れてはいけない部分なのだ。犯罪であるからこそ冤罪も生まれる。<いつかこの部分は、場所を選んで加筆するかも知れない>



誰にでも起きうる悲劇。重いテーマの映画だった。
11年ぶりにメガホンを取った周防正行監督が、最高裁で逆転勝訴を勝ち取った事件にヒントを得ての作品なので、この映画の描かれていない部分は、自分で良い方向に勝手に想像して苛立つ気持ちを抑えるしかない。



   


  
  それでも僕はやってない

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エリザベス:ゴールデン・エイジ

エリザベス:ゴールデン・エイジ - goo 映画


3月5日映画館にて鑑賞。


エリザベス


 前作「エリザベス」から9年の歳月を待って、ゴールデン・エイジ(黄金時代)の時代を描くと言うよりは、その少し前の時代、なぜエリザベス治世の時にその時代を向かえたのかを描いた作品だったと思う。

前作「エリザベス」の最後はメイクもセリフも鮮烈だった。
「見て、イギリスと結婚したわ。」

ヴァージンクィーンの誓いを立てても、国を守るためにはその後もずっと結婚相手の選択を迫られていたエリザベスだった。もちろん結婚は愛のためなどではなく、世継ぎを設けるためと、結婚相手の国からの庇護を得るためだ。それは庇護と同等の支配を意味する場合もある。映画にはそのようなセリフは無かったと思うが、前女王のメアリの時代はスペインの属国のようだと言われていた。

王の結婚によって女王になるわけではないという、統治者としての女王の結婚は、まさに国の結婚であり、その可能性がないわけではない事を匂わせながら、多くの申し出をかわしていった所にもエリザベスの政治手腕を垣間見る事が出来るのかも知れない。


 この時代の政治にはカトリックとプロテスタントの確執があまりに深い。分かるとは言えても、それを何処まで理解できるかは難しい事なのだ。異教徒に対する排除する心と憎しみ・・・
それは単なる政治欲、領土欲で権力欲などでは説明は出来ないのかもしれない。(いつの時代も)

 義兄でもあるスペイン王は、手段選ばずエリザベスを追い落とす事を狙っていた。それに利用されてしまったメアリー・スチュアートの最後が悲しい。この悲劇の王妃メアリーはスコットランドでもいまだに人気が高いらしいが、私は少し苦手。それは子どものとき読んだ「イギリスの歴史」の本を読んだ感想によるものだが、三回の結婚を通して、フランスの王妃になったり二番目の結婚相手を殺したと疑われたり、同じく疑われている相手と再婚して国を追われたりと、波乱万丈。彼女は美しく、そして生まれながらの女王だった。(生後数日で女王になったのだ。)それゆえに歴史の大波に飲まれてしまった哀れな女に、私は感じてしまっていたからだ。

妾腹と言われ、その女王の道が棘だったエリザベスとはあまりに違う。恋の思いをかなぐり捨てたエリザベスと、恋の道を選んで国を追われてしまったメアリー。

とまれ。  映画の感想からどんどんかけ離れていってしまう。比較女性論じゃないんだから。
ただ、私はこの映画の中で裏切られたと知ったメアリーがした、なんともいえない狼狽した時の顔が忘れられない。
サマンサ・モートンに拍手だ。

その最後は生まれながらの女王に相応しく、気高かった。赤いドレスが印象的だった。


 味方かと思っていたらただ利用されていただけ。恐ろしい。


  
エリザベス


 なんていっても見所の一つは、その衣装。豪華絢爛で、しかも頻繁に変えるので見ていて楽しい。
衣装狂いは史実みたいだが、それらのドレスや鬘も、いつまでも美しい「女性」であり続けなければならなかったエリザベスにとっては必要な事だったのだろう。系図が見たくて買い求めたプログラムの中にも、国でさえもそれにかかる費用は必要経費と認めていたようだと、どこかに書いてあったと思う。

ウォルター・ローリーがアメリカ大陸のイングランド初の植民地にエリザベスにちなんでヴァージニアと名付けた時、エリザベスは51歳。
この年齢を押さえていた方が、エリザベスの心情がよく分かるような気がする。

心惹かれるウォルター・ローリーと、自分の分身のような同じな名前の侍女べスにボルタを踊らせて、そこに自分の若き日の姿を重ねてみる、エリザベスが切なくて、涙が出てしまった。



 また、最大の見せ場はスペインの無敵艦隊とのアルマダの海戦だと思う。
ディー博士(この名前がえらくカッコイイ)の星による予言―
「ひとつの帝国は栄え、ひとつの帝国は滅びる。」
不安に苦しむエリザベスだが、その頃太陽が沈まない国と言われていたのはスペインだったわけだから無理はない。


   



 エリザベス



エリザベスの兵士への激励の言葉がカッコイイ。
だけど数日経ってしまったので、既に記憶が薄れてしまった。情けない。
「ヘブンの扉の向こうで再会しよう。」だったかな。
スリーハンドレッドの「神の国で宴をする。」と混ざってしまったかしら。いつか確認しよう。
「天国で再会しよう。または、勝利の平原で。」カッコイイ!!


燃えさかるスペイン船を崖の上から眺めるエリザベス。
突風に不安を感じるフェリペ2世。

ひとつの帝国は栄え、ひとつの帝国はその最盛期を終わらせてしまった。



 見応えのある奥の深い映画だったと思う。

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「300<スリーハンドレッド>」

300 <スリーハンドレッド> - goo 映画


3月8日DVDにて。

300

ペルシャ戦争テルモピュライの戦いを描いた作品。


210万の戦力のアケメネス朝ペルシャに対してギリシャ連合軍は7千。圧倒的な戦力の前にギリシャ軍は敗戦するが、精鋭スパルタの300人の兵は全滅するまで戦い3日間食い止めた。
その食い止めた時間により、その後その戦いの結果に大きな影響を与えた。
究極のネタバレだが、これは歴史上の事実(何処までが真実かは歴史上の謎であっても)なので、お許しあれ。

 これは、「生か死か」というものではなく「如何に生き、戦ったのか」と言う物語なのだと思う。



この作品はフランク・ミラーのコミックの映画化で、何より感じたのは、作り手のそのコミックに対しての畏敬の念のようなもの。解説などを読むと


全ての映像は“クラッシュ”と名づけられた画像処理が施され、まるで小説の挿絵のような斬新な風合いになっている。

とあるが、原作であるグラフィック・ノベルのイメージを大切にしている事が、原作を知らなくても伝わってくるような気がする。



その映像こそが、この映画の見せ場なのかも知れない。また、語り部によって語られていくような物語進行も、登場人物の語りで進んで行く「シン・シティ」を思わせるものを感じるが、作者が同じである事を考えると頷ける。


300  


 
<以下ネタバレ含む>
 物語の感想だが、スパルタの王レオニダスは妻にも優しく子供にも慈愛に満ちている。臣下に対しても話に耳を傾け、習慣であっても間違っているものを否定する勇気と知恵を持っている王の中の王だ。確かに良く描かれすぎているかも知れないが、そのぐらいのカリスマ性がなければ、統一し導く事はできない戦いだ。

 そのスパルタの王になる道は多くのスパルタ人がそうであったように、険しい自己研鑽の道だった。自己研鑽なんて甘いものではないか。そこに至るまでが生か死の子供達。
スパルタ教育は歴史にも名を残す名詞になってしまったが、それが半端でないものでなかった事がわかる。またそれ以前に弱く育たないものは、赤ん坊の時に谷底に落としてしまう。物語の世界の話だと感情移入しなければ、凄いと思うのみで済むがそうはいかない。何処までの子供が許されるのだろう。意志の力が強くて、泣かない子供はどうなんだろう。生まれたときに皮膚がぼろぼろだったらどうなんだろう。首が傾いていたらどうなんだろう。私のこだわりってしまった冒頭のショックなシーンは、何の問題もないようにどんどん話は進むが、実はそうではなかったところが、この映画に深さをもたらしたように感じた。


 そういう教育であったからこそ、スパルタ精鋭300人は存在した。だが、そういう思想であったからこそ、もしかしたら勝利も夢ではないと思った矢先の裏切りによって、彼らは滅びたのだ。



 姿が異形に生まれついたために、両親がその命を救うためにスパルタを逃れた男が登場する。スパルタ人=戦士なので、その父はその男にも戦いの術を教えてスパルタ人の誇りを持たせて育てた。その戦いに馳せ参じ、戦士として、スパルタ人として認めてもらおうとするが、側近の兵は見たこともない異形の姿に冷たい態度をとる。スパルタにはそういう者は、赤ん坊の時に殺されるので存在しないのだ。

 だが、偉大な王は噛んで含ませるように、その姿では戦法として無理なのだと伝える。けが人の世話をせよと命じるが、戦士と認められたかった男は絶望のあまり、焦がれていたスパルタの敵に周り、大事な道の情報を流してしまう。



 彼らは全滅したが、その偉大な戦いに奮起したギリシャ連合軍、スパルタ全軍は立ち上がり、ギリシャに勝利をもたらしたのだった。
最後の男達の雄叫びがカッコイイ。
 

300
  

 



―光には必ず影が存在する。ある者の正義は、裏を返せば不正義。負けるという事が、勝利の第一歩目だったりする。―


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kiriyです。
映画はジャンル問わずで大好きです♪
だけど、ブログはゆっくりマイペースで更新中。

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