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「ブロークバック・マウンテン」

ブロークバック・マウンテン
―カテゴリーの「映画だい好き」では、映画の感想というよりは映画の思い出などを好き勝手に書いています。―


ブロークバックマウンテン



1月23日に映画館で観た感想を続けて載せてきたが、この日、映画館から帰ってきてPCを付け、映画のサイトをチェックしようとしたら、「俳優ヒース・レジャー死亡」の文字が・・・・


その時感じたものは、この人が好きだった方と共通の大きな驚きだったと思う。
私は人を「好きだな。」と感じても、ゆっくりと大好きに変わっていくタイプなので「パトリオット」で好感度は高くても、その名前すら覚えようとは思わなかった。


 まだ、家の近くにシネコンなどなく、今ほどは気軽に映画館には行けなかった頃、何かに載っていた評論に「今なぜ男同士の愛が熱いのか。」と「ブロークバックバック・マウンテン」を紹介するものがあった。
 私の青春時代の漫画と言えば少年愛の全盛期だった。いや、もしかしたら今と言う時代もそうなのかもしれない。確か少し前に本屋でそういうコーナーまであるのを見て、吃驚したことがある。それはともかく、真実の愛は他の者が入り込む事の出来ない、禁断の関係にしかないように思っていた時代があった。ゆえに、今でもそういう解説には弱い部分があって、是非観に行きたいと思っていたのに叶わなかった映画である。


 そして私はこの映画のことを忘れていたのだった。

ところが昨年、私は珍しくストーリーのある夢を見た。若い頃は日々毎晩見ることが出来た奇想天外な映画の様な夢も、年を取り生活に追われ感性が枯れて来ると、あまり見ることがなくなってしまった。でもその夢は、青年の切ない愛の夢だった。夢なので奇妙なストーリーだったが、目が覚めても私は切なくて、ぼんやりしていた。

そんな時、ブログのお友だちのところでこの映画の記事を読んだのだった。俄然その映画が見たくなってしまった私は、即DVDを借りに走ったのだった。


 そして、私はその切ない愛の物語に涙した。


だけど、私はこの物語の感想を書くことが出来なかった。一つには友人の書いた感想が、ほぼ私の感想だったというのもある。いつもなら映画を見た後、影響される事を避けるために他の人の感想を読まないで、感想を書くことが多い。でも、このように誰かの感想や、盛り上がったコメントなどを読んで映画を見た場合、書き辛い。
でも自分の感想なのだから、似たようなものであっても書けばいいようなものなのだが、このシーン、あのシーンでハラハラ泣いていたら、書き逃してしまっていた。



スターチャンネルにて追悼として、その週の日曜日にこの「ブロークバック・マウンテン」を放映していた。私は見る予定でいたのに、夫は違う番組を見ていた。



もともと私はこの映画を、家族と一緒にあまり見る気がしなかった。だから、見ることが出来ないならそれでもいいかと思っていたが、残り30分で彼はチャンネルを変えてくれた。

シーンはイニスがブロークバック・マウンテンでジャックから去っていく所。
「立ったまま眠るのか。」イニスがジャックの背後からそっと抱きしめる。ジャックの心によぎる優しい思い出のシーン。

場面は変わって返された郵便からジャック死亡のことを知るイニス。その彼に電話でジャックの最後を伝える妻。
「タイヤが破裂して、・・・」

その時何気なく見ていた我が夫が、「酷い、可哀相に。」と呟いた。
私は思わず
「違うよ、ジャックの妻は本当の事を言っていないんだよ。」と解説をしてしまった。この時代の同性愛に対しての扱われ方やイニスが慎重だった理由など。
「でも、この奥さんは知っていたような感じだね。」と彼は言った。


ジャックの家を訪れたイニスが、彼の部屋で20歳の夏ブロークバックマウンテンでなくしたと思っていたシャツを見つけるシーンで、また夫は呟いた。
「ああ、血がついている。」
最後だけ見ている彼は、きっとそのシャツを最後の時に着ていたシャツだぐらいに思ってしまうだろう。なので、私は
「このシャツは、昔二人が知り合った夏、別れが辛くて言うにいわれぬ感情で殴り合ってしまうことがあるのね。その後シャツが・・・」
「フーン」と言っていたが、聞いていなかったような。もうどうでも良いや。

だって、私も涙で何も語れない。
この作品のクライマックスだから、そして、この優しい目をしたヒース・レジャーはもういないんだと言う思いが重なって、その涙は止まらなかった。


彼のトレーラハウスに結婚の報告に来た娘の忘れたカーデガンを丁寧に畳むイニスの姿は、真面目で不器用なぼくとつとした姿そのものだ。
そのカーデガンをしまう時、たんすの中に掛けてある、ジャックのシャツを包み込むようにイニスのシャツが掛けてある。
そして彼はそのシャツに向かって
「ジャック、永遠に一緒だ。」と言うのだった。(字幕では)
ただ、私は日本語版では
「ジャック、俺は誓う。」と言うセリフだった様な気がするが、なぜかそのセリフは分かり辛いが、胸に残るセリフだった。


この先もイニスは静かに生きていくのだろう。そして齢も取っていく。あの20歳のブロークバックマウンテンでの想い、その後のジャックとの想いを、心の奥に沈めて。

イニスの姿から、深く静かにその愛を貫く重さを、私は知ったのだった。



  *・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*


「ブロークバック・マウンテン」を見ても「ブラザーズ・グリム」を見ても、ああ、何で~、と思ってしまいます。言ってみた所で仕方がないのですが。(涙)


こんな気になる記事を読みましたが、どうなるんでしょうか。
ジョニー・デップがヒース・レジャーの遺作の代役に? - goo 映画




ブロークバックマウンテン2

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theme : ☆映画の思い出
genre : 映画

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結婚しようよ

結婚しようよ - goo 映画

2月9日アリオ亀有MOVIXにて。

結婚しようよ


 映画が始まる時、
「そうだわ、泣いちゃうかも知れないからハンカチを出しておこう。」と冗談で言ったものの、始まって

ちゃあちゃあちゃあ ~ ♪ と、「落陽」のメロディが鳴り響いた途端に、涙が滲んでくるってどういうこと?

いくらなんでも早すぎるぞ、とは思いつつ、この映画はあのシーンこのシーンで涙が滲んでくる。はっきり言ってしまえば、「時代」に対して共通体験みたいなものがある、そういう人だけが行く映画かもなんて思ってしまったりするんだけれど、時折若い人も混じっていたりしても、その人たちが、私のように馬鹿みたいに泣きまくったりしないと言うことだけは、はっきり分かる。


 この映画はホームドラマなのだが、アルバムのような映画だと思った。あの時この時、自分の過ぎてきた時代とかぶるのだ。と言っても、前に「つま恋」の記事にも書いたけれど、彼らの思い出のシーンはやはり若干、私の時代よりは前の時代だ。あんなライブハウスやあんなバンダナファッションなんか雑誌の中でしか知らないよ。

そういえば高校の時に、先輩達がやっていたライブの場所は、あんな感じの狭い階段を下りて行った所にあったような気がする。学生時代に地方から来ていた友人の下宿先は、あんなアパートだった。
私が最初の子供を流産してしまった時も、駆けつけてきただんなの顔はあんなだったよな、とか
そのだんなも、結婚する時父と母になかなか言い出せなくて、私は隣で怒っちゃっただよねとか、そんな事が脳裏に浮かんでは消えていく。


 共通体験と言えば、あまりに大きな出来事があると、それに直接は関わっていなくても、「あの時自分は~。」とその時の記憶が鮮明なことがある。「時」の共通体験、阪神淡路大震災の一日はまさに、その「時」だと思う。

 娘の結婚相手に登場する木村充は、中学生の時にそれを経験し蕎麦屋だった両親を失ってしまう。そして、その後は家族の団欒を知らずに育ち、今はやはり蕎麦屋になることを目指して修行している。
あの時からも13年、自分はどんな風に生きていたのか、やはり脳裏によぎるものがある。

このホームドラマは、そんな風に見ている者の記憶を揺さぶるものがある映画だった。


 吉田拓郎の曲の使い方には、私にはちょっと辛いものがあった。でも、中の森バンドやガガガSPの歌う拓郎の曲は、心惹かれるものがあった。良い歌はこんな風に、その人たちの持ち味を生かしながら歌い続けていって欲しいと思った。


この映画で、もう一点、コレはいただけないですよと思ったのは、結婚式のシーンだ。使い古されたエピソードを盛り込んで、馴染み深いホームドラマに徹しようと思ったのかもしれないが、娘の一生に一度の花道に、親があそこまで出しゃばるのは、見ていて少し不愉快に感じてしまった。


が、ラストは良かった。つま恋のチケットを娘からプレゼントされた二人。


私はすっかり忘れていたが、そういえば映画の撮影をしていたとか言っていたようなきもした。


「つま恋」で、主役夫婦と一緒に手を振っていたんだなぁとしみじみと言うか、思わずその時の感激が蘇ってきて、滂沱の涙になってしまった。


―地味で平凡な、だけど一生懸命の人生でしたよ。いろいろあった毎日も、全部昨日にとりあえず置いてきました。そして明日からまた頑張りましょう。―
頑張れ、かって青年だった人々よ。そんなつま恋での気持ちが復活してしまった、いい時間を持てた映画だった。

theme : 映画感想
genre : 映画

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L change the WorLd

L change the WorLd - goo 映画


2月10日映画館にて鑑賞。


L


Lが走る。
Lが戦う。
Lの最後の事件は、頭脳戦ではなかった。

 映画館の中は小学生でいっぱいだった。そう言えば「デスノート」はR 指定がかかっていたような気がする。アニメの「デスノート」も深夜にやっていた。でも、それでも子供達に人気の高かった「デスノート」だった。キラに理解を示すのは危険な香りがしても、Lになら思いっきり感情移入も出来るだろう。彼は子供達のヒーローだったらしい。
一緒に観に行ったつれあいは、少しうんざりしたような顔をした。
「仕方がないよ。子供が出る映画って言うのは、子供に感情移入しやすく作っているわけだから、この映画のメインターゲットは子供かもしれないよ。」・・・もしくは若者。私たちは静かに見ていよう、片隅で。


 だけど既に子供心が死に絶えた目で見てみると、冒頭の消滅した村の人々が苦しみもがいているシーンを見た時に、私はこの映画が「デスノート」と同じレベルだと思うことを諦めた。いかにそこには人件費がかかっていないからと言っても、爆発させたらそれなりに予算を取るわけだから、もっと丁寧に撮ればいいのにと珍しく批判モード。飛行機を見上げるシーンに至っては、血まみれの人がスタスタ歩いていたのにはガッカリしてしまった。もう、隣に座っている中学生か小学生の気持ちになってみようと心に決めた。

そう思って見ると、なんとLの魅力がいっぱいだ。

ワタリ亡き後、彼が残した依頼ファイルの仕事を片っ端から片付けるL。携帯の持ち方もくせがあるが、キィを叩くLもおかしい。やってみたが難しい。(やってみたのか~!と、言われそう。)


  



L2

<以下ネタバレ感想>


 この映画は、Lを好きだった人たちのためのものなんだと思う。何しろ、見ていると、彼が育っただろう組織や環境などが想像できたりして楽しい。

 私はLから松山ケンイチを好きになったのではないが、やはり彼はなかなかの演技上手な人だと思う。ワタリの死の報告を仲間に送るとき、kのところで一瞬手が止まり、映画では描かれていなかったKとの確執を匂わせる。
予告編で早くこの映画に行きたいと言う気持ちを引っ張っているのは、工藤夕貴の
「ここで解決できないのは、とっても苦手。」と言うセリフのように思うのだが、その彼女もなかなか良かった。
ただ、最後のストーリーがイマイチ。

松山ケンイチ、工藤夕貴に加えてもう一人重いキャラと演技達者な人が欲しかった所だ。


電車に乗ったり、自転車を走らせたり、アキバで買い物をしたり・・・
また、飛行機に飛び乗ったりなんてアクションもしちゃうし、果てはその飛行機まで止めてしまうし・・・そんな事、必要? とか、思いながら、なかなかかっこいいからいいかなんて、ミーハーティストな私。


 最後にBoyにニアと名付けて去っていく、Lの姿にちょっとしんみりしてしまった。子供達に言われたとおり、背筋を伸ばしてみたりして、可愛い。

L=Lawliet、25歳らしい。ローライト、いかにも少年漫画の名前の付け方らしいところがあるが、月とLは出会うべきして出会ったのだなぁと、作者の罠にはまってしみじみ思ったてみたりもする。

その彼の最後の日々は、経験のなかったことの連続だったかも知れない。新しい太陽が昇れば新しい一日が始まる。そこには新しい自分が待っているのかもしれない、最後の日まで。


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theme : 映画感想
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kiriyです。
映画はジャンル問わずで大好きです♪
だけど、ブログはゆっくりマイペースで更新中。

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